キュリー夫人と教育問題

小 泉 英 明

日立中央研究所/東京大学客員教授

今年は、キュリー夫妻のポロニウム・ラジウム発見の100周年にあたる。

フランス、ポーランド、そして日本でも各種の記念行事が執り行われる。例えば、キュリー夫人の故国ポーランドでは、今秋、世界のノーベル賞受賞者約30名を招いて<ポロニウム・ラジウム発見の科学的ならびに哲学的意義ー人類とっての恩恵と脅威>と題する国際会議を開催する。ラジウムによる癌の放射線治療(キュリー療法)など、人類への恩恵や、一方の破壊兵器の脅威をテーマに、諸刃の剣である科学の本質を見据えようとするものである。元来、科学・技術は中立的であり、使うものの考え方次第で善用も悪用もできる。使い方は一重に人間性に委ねられている。科学・技術が諸刃の剣となることを常に意識し、強く警鐘を鳴らしていたのもキュリー夫人であった。それでは、善悪を判断し正しく行動のできる人間をどうやって育てるか。昨今の世相を見ても、これは古くて新しい課題である。

キュリー夫人は1903年に放射能の研究によってノーベル賞(物理学賞)を受け、さらに、1911年にはポロニウムとラジウムの発見により二つ目のノーベル賞(化学賞)を受けている。象牙の塔に閉じこもらずにヒューマニズムに根差した「人間のための科学」を目指した。ラジウム放射能の発見の後には、直ちにその応用である「キュリー療法」すなわち放射線治療法の開発にとりかかった。そのために必要なラジウムの精製と検定をパリにあった自らの研究所で推進した。事業化に目を付けた米国企業が分離技術の詳細を問い合わせてきたときにも、キュリー夫妻は特許を取ろうとせずに全てを丁寧に教えた。容易に大金持ちになれる道を自ら断ったのである。その結果、多くの癌患者がその恩恵に預かった。第一次世界大戦中には、独自にデザインしたレントゲン車(小型トラックに発電機とレントゲン装置を積んだもので、プチ・キュリーと呼ばれた)をキュリー夫人自ら運転して戦場を走り廻り、傷ついた兵士の診断にあたった。レントゲン装置によって体内に残った銃弾や砲弾の破片の位置を正確に知ることができたので、多くの命が救われた。また、交戦地域内にある危険な野戦病院を支援する際にも、教育的見地から若干17歳の娘イレーヌを伴った。娘イレーヌはやがて看護と放射線医療学を学ぶことを自ら選択し、1916年、看護学校に放射線医療学科が新設された際には、母マリーの助手として多くのオペレーターを訓練した。やがてイレーヌは、母マリーの弟子のフレデリック=ジョリオと結ばれたが、二人は人工放射能の発見によって、1935年にノーベル化学賞を受賞するに至るのである。キュリー夫人の家庭にとっては三つ目のノーベル賞であった。

キュリー夫人は教育についても独自の考えを持っていた。大学の同僚とともに、語学、芸術、実験、体育など、特に実技を中心とした共同運営のユニークな学習塾を創り子弟を教育した。娘イレーヌもここに2年間通ったのである。当時のフランスでも現在の日本のように、効率を重視した専門科目偏重や詰め込み教育が蔓延していた。キュリー夫人は、計算や読み書きの類の訓練は必要ではあるが、積極的に行動する心、人を思いやる心は、自ら身体を動かして自然に触れることや、スポーツ・芸術によって育まれると信じていた。キュリー夫人は自伝の中で述べている。「子供達の教育について言えば、私は体育を主とし、ほんの少しの時間を学科のために残しておけばそれで十分だという意見をもっておりました。」

わが国の現在の教育を顧みると、多くの人々が憂慮しているように問題が山積している。善かれと思って改訂していることすら、落ち着いて考えて見ると疑問点が多い。例えば専門科目の偏重は、21世紀へ向けての学問潮流に逆行している。現在、重要になりつつあるのは、細分化された多くの専門分野を貫き通して成立するような環学的(trans-disciplinary) な分野である。例えば、環境科学や脳精神科学がその代表例である。これらの新領域は、自然科学・社会科学・人文学の境界領域を必要とし、狭い専門分野からの視点のみではどうにもならない。さらに、専門領域偏重のあまり受験制度にも大きな歪が生じ、若い時にこそ訓練が必要な芸術・体育・実験などの実技科目が片隅へ押しやられようとしている。効率重視の専門科目偏重で大量生産される人材は、極言すれば暖かい人間性の欠如したロボットのようなものになりかねない。さらに、科学の善用と悪用の価値基準を持たない危険な存在になり得る可能性すらある。先に述べたように、科学・技術自体は善悪に対しても中立的であり、結果を利用する人間次第の諸刃の剣である。科学者・技術者にこそ人間性の基本教育が何より優先されて施されねばならない。そして、明日へ向かってのやる気や豊かな心を育むのも、身体を動かす実技科目の重要な使命である。キュリー夫人が指摘したように、芸術やスポーツこそ人間性の基本を育むものであるからだ。「キュリー夫妻ラジウム発見100周年記念事業」(事務局:(財)癌研究会附属病院)のお手伝いをしているが、ぜひ、わが国の教育を考える契機にできたらと思う。

 


(注):本内容は、読売新聞社科学部並びに解説部のご依頼で書かれたもので、一部が修正されて、平成10年8月19日付けの読売新聞朝刊(解説面)に掲載されています。このように原文の題目は「キュリー夫人と教育問題」ですが、掲載時には読売新聞社の案で「実技が育てる科学者の心」となっています。

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