がん研究会について

年表

明治41年4月2日 (1908年) がん研究会創立発表式を挙行する。当会は学界・政界・財界一体の構想の下に初代の会頭に青山胤通(男爵)、副会頭に本田忠夫(子爵)が、また翌年には総裁に公爵桂太郎、副総裁に男爵渋澤栄一が就任した。
明治44年1月16日 志賀 潔 理事長に就任する。
大正2年10月11日 社団法人に組織を変更する。
大正3年3月20日 山極勝三郎博士主宰の『癌』を本会の機関誌として随時発行することとした。
大正12年1月 腫瘍治療所を開設する。 (場所 小石川区雑司が谷の東京帝国大学医学部附属医院の分室内) (昭和9年5月に巣鴨に病院開設まで継続する。)
昭和3年10月8日 万国がん研究会に加盟。
昭和4年11月28日 事業奨励の思召を以って天皇陛下より、金壱万円の御下賜金を拝受する。
昭和4年12月10日 がん研究所および治療所建設案を評議員会で可決する。
昭和7年6月1日 豊島区西巣鴨所在の土地1,900坪1合、家庭学校より譲り受け登記する。
昭和7年9月15日 治療所の名称を、徳富蘇峯撰定の「健康楽生是康楽」より付属康楽病院と呼称することに決定した。康楽病院長に副会館の稲田龍吉就任する。
昭和8年5月11日 社団法人がん研究会を解散し、某財産全部を同一目的たる財団法人がん研究会に寄附。
昭和9年3月1日 パリに国際対癌協会(Union Internationale Contre le Cancer)が創立され、長與又郎同会の実行委員に推挙される。
昭和9年4月26日 高松宮妃殿下より御下賜金5,500円を拝受(ラヂウム購入金に充当する)
昭和9年4月30日 がん研究所及び附属病院の建物竣工する。
昭和9年5月20日(1934年) がん研究所及び附属康楽病院の開所開院式を総裁伏見宮殿下御台臨の下に挙行する。会頭長與又郎がん研究所所長に就任する。
昭和9年8月7日 三井報恩会よりラヂウム5,000r及び附属器具一式(約100万円)寄贈を受ける。
昭和10年2月8日 理事長に南大曹、がん研究所長に佐々木隆興就任する。
昭和16年4月5日 日本癌学会を創立する。
昭和20年4月13日 爆撃機B29の焼夷弾により本会構内建物は研究文献、蒐集資料を含め殆ど焼失。
昭和20年4月20日 研究所・病院の一時閉鎖を決定、職員134名総辞職する。
昭和21年9月2日 がん研究会附属病院、東銀座急南胃腸病院にて再興開院する。
昭和23年7月7日 がん研究所副所長中原和郎 所長に就任する。
昭和24年4月 再建した附属病院の屋上に小規模の施設を造り研究所の一部を再興する。
昭和28年5月 がん研究所再興。厚生省より研究所施設整備国庫補助金として年500万円3年間補助されることとなり、寄附金とあわせて豊島区の戦災建物を復旧し再興した。
昭和29年3月31日 豊島区西巣鴨に附属病院分院を開設し、放射線科を移転し治療を開始する。
昭和32年7月16日 田崎勇三 病院長に就任する。
昭和33年3月3日 財団法人癌研後援会(理事長 長沼弘毅)が設立され、財界の募金と日本自転車振興会補助金並びに総務省お年玉つき年賀はがき寄附金をもって、戦禍を蒙った本会施設の整備拡充計画を実施することとなった。
昭和33年8月1日 財団法人日本対ガン協会が設立され会長に塩田廣重会頭就任する。 (がん研究会、日本癌学会、日本対ガン協会の三者併立により癌対策の三分野を夫々担当し、事業の推進を図ることとなった。)
昭和36年3月7日 山田昌作 理事長に就任する。
昭和38年1月5日 吉田富三 がん研究所長に就任する。
昭和38年7月1日 黒川利雄 附属病院院長に就任する。
昭和38年7月9日 豊島区西巣鴨2丁目2615番地に附属病院を増築竣工
昭和38年7月24日 河田 重 理事長に就任する。
昭和40年2月2日 安西 浩 理事長に就任する。
昭和41年6月30日 研究所建築竣工する。
昭和42年11月1日 厚生省のがん予防対策の一環として、がんの集団検診関係医師等の研究を委託され、 本年より毎年本会において研修することとなる。
昭和43年5月3日 細胞診スクリーナー養成所開所。日本臨床細胞学会、日本臨床病理学会の要請を受けて専門技師の養成を開始する。
昭和43年9月1日 公衆衛生活動として集団検診を検診センターとして開始する。
昭和48年3月31日 がん化学療法センター竣工する。
昭和48年5月30日 研究所長 菅野晴夫、附属病院長 梶谷 鐶、がん化学療法センター所長 桜井欽夫
昭和49年4月1日 高等看護学院を開設する。
昭和52年6月30日 がん化学療法研究・診察棟竣工する。
昭和52年7月1日 附属病院に従来の診療科に加え新たに化学療法科・整形外科・頭頸科・泌尿器科を開設する。
昭和54年11月12日 研究所生化学部谷口維紹、インターフェロンβ遺伝子を単離。
昭和56年6月16日 「癌征圧研究基金」設定。
昭和59年7月1日 病院長に増淵一正が就任する。がん化学療法センター所長に菅野晴夫が就任。
昭和61年7月1日 斎藤達雄が病院長に就任する。
昭和63年7月1日 吉野照蔵 理事長に就任する。
平成2年6月24日 西 満正が病院長に就任する。
平成3年8月9日 研究所生化学部長、中村祐輔、家族性大腸腺腫症遺伝子APCを単離。
平成4年5月1日 がん化学療法センターに分子生物治療研究部を新設。
平成4年10月23日 米国の科学専門誌SCIENCEが「日本の科学」と題する特集で、癌研究所を世界で最も優れた研究機関のひとつであると評価。
平成5年7月1日 北川知行が研究所長に、尾形悦郎が病院長に夫々就任する。
平成5年11月1日 検診センターの設備等を充実し名称を総合検診センターと改める。
平成5年11月22日 渡邉 宏 理事長に就任する。
平成6年9月12日 研究所・附属病院開設60周年記念事業として「公開市民講座」と「国際シンポジウム」を開催。
平成7年4月1日 がん化学療法センターにゲノム解析研究部を新設。
平成7年9月30日 がん化学療法センター別館が竣工する。
平成7年11月28日 常陸宮親王殿下の永年に亘るがんの研究を記念し、がん研究会内に比較腫瘍学常陸宮賞を創設。
平成7年12月26日 高等看護学院が、学校教育法に基づく専修学校としての設置認可を受ける。学校名を、のぞみ看護専門学校に変更する。
平成8年7月1日 特定人称保険医療機関の承認を受けるとともに、高度先進医療(固形腫瘍のDNA診断)の実施が承認される。
平成9年4月1日 研究所に、遺伝子診断研究所を新設し、中央検査部を臨床検査第T部に、輸血部を臨床検査第U部に、中央検査部遺伝子室を臨床検査第V部に変更し、 細胞診スクリーナー養成所を細胞検査士養成所に改める。
平成10年1月1日 附属病院内のコンピューターシステムを更新し、オーダリングシステムを導入。
平成10年6月1日 「新薬開発臨床センター」ががん化学療法センターの一部として組織化され、活動を開始。
平成10年6月16日 山本知男 常務理事に就任する。
平成11年1月1日 2期10ヵ年にわたって行われてきた日米癌研究訓練計画が、NCI(米国国立癌研究所)の機構改革により、日米癌研究者交流計画として 新たなスタートを切る。
平成11年3月17日 東京都の臨海副都心「有明の丘」の誘致病院が癌研で決まる。
平成11年3月29日 がん研の有明の丘移転計画を理事会・評議員会が承認。
平成11年11月1日 研究所に発がん研究部、がん化学療法センターに分子薬理部、病院に家族性腫瘍センターが新設される。
平成13年1月1日 当会の職制にゲノムセンターが加わり、初代所長に副院長武藤徹一郎が就任する。
平成13年1月5日 常陸宮正仁親王殿下がん研究会名誉総裁に推載。その推載式が挙行される。
平成13年4月4日 昨年2月の国の実施承認のもとに「乳がんの遺伝子治療」の第1例目が実施される。
平成13年6月19日 癌研有明計画イメージパースが理事会・評議員会において、承認される。
平成14年2月1日 尾形悦郎が名誉院長に、武藤徹一郎が病院長に各々就任する。
平成14年4月15日 臨海副都心有明の丘にて、有明新施設の工事・着工に向けた 「安全祈願祭」が執り行われる。
平成15年3月 MDアンダーソンがんセンター研修団が結成され、5名のメンバーが派遣された。以後毎年行われている
平成15年4月26日 吉田富三先生生誕100周年記念会が、クラブ関東において常陸宮名誉総裁ご臨席のもと盛大に行われた。
平成15年5月30日 がん化学療法センター設立30周年記念式典が、常陸宮名誉総裁ご臨席のもと開催された。
平成15年6月18日 癌研有明計画の事業資金とするための募金活動を行う 「募金委員会」(委員長:安西邦夫理事・東京ガス会長)の 立ち上げが理事会・評議員会で承認される。
平成15年11月1日 院内急変時体制として、Stat Callが開始され、迅速な救命救急が行える体制を整えた。
平成15年11月4日 菅野名誉研究所長・がん化学療法センター所長が、栄えある文化功労者に選ばれる。
平成15年12月11日 厚生労働大臣より、「体幹部病巣に対する直線加速器による定位放射線治療(適応症:原発性・転移性肺がん)」が高度先進医療として承認された。
平成16年4月23日 北京大学深せん医院と姉妹病院の提携を交わす。
平成16年6月7日 常陸宮名誉総裁が、第8回アジア−太平洋国際電子顕微鏡学会において特別講演(日本産と中国産カエルの交配種における膵がんと腎細胞がんの自然発生)をされた。
平成16年6月8日 武藤病院長が、ブダペストの国際外科学会において、会長記念講演を行う。
平成16年6月18日 山本知男常務理事が退任し、小笠原 繁氏が新常務理事に就任する。
平成16年9月11日 椿山荘において、「梶谷 鐶先生記念会」が盛大に開催される。
平成16年12月11日 研究所講堂において「がん研病院鎮魂祭」が厳かに執り行われた。
平成16年12月22日 研究部門において、「大塚癌研さようならの会」が開催された。
平成17年1月11日 がん研有明新施設の竣工・引渡し式が行われた。
平成17年2月26日 有明に竣工された新施設において、常陸宮同妃両殿下をお迎えして、「癌研有明新施設竣工・開設祝賀会」が盛大に行われた。
平成17年2月28日 大塚既存の附属病院の廃止を東京都に届出る。
平成17年2月28日 大塚からの全面移転を完了した。
平成17年3月1日 がん研有明病院がグランドオープンした。
平成17年3月1日 事務局に企画部が新設され、初代部長に池田正一事務局長が兼任した。
平成17年3月5〜6日 がん研有明病院開院祝賀式典が、盛大に行われた。
平成17年4月28日 研究所オープンハウスが、盛大に行われた。
平成17年5月31日 東京都から有明病院の開設許可(一般病床700床)の許可を受ける。 ※17年3月1日の開院時、305床での許可から、段階的に増床許可を得たもの。
平成17年9月29日 理事長渡邉 宏急逝する。
平成17年10月3日 常務理事小笠原繁が理事長職務代行に就任する。
平成17年10月3日 新たに臨床研修指定病院群を構成し臨床研修指定病院として厚生労働省の指定を受ける。
平成17年12月15日 救急医療機関として、東京都の指定を受ける。
平成17年12月26日 理事安西邦夫、理事長に就任する。
平成18年2月1日 東京都から災害拠点病院の指定を受ける。
平成18年2月28日 大塚のがん化学療法センター・看護師寮跡地を都市再生機構に引き渡す。
平成18年4月1日 研究所長に野田哲生、がん化学療法センター所長に鶴尾隆が就任する。菅野晴夫はがん研究会顧問に、北川知行は名誉研究所長に就任する。
平成18年4月28日 大塚の研究所・病院跡地を都市再生機構に引き渡す。
平成18年11月1日 癌研有明友の会(会長・荷見勝彦)が発足する。
平成19年2月1日 職務発明規程が制定される。
平成19年2月19日 日本医療機能評価機構から「認定病院」としての認定を受けた。
平成19年4月27日 日本医療福祉建築協会から「医療福祉建築賞」を授与される。

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