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セパレース活性プローブが照らしたセパレースの二つの役割

Norihisa Shindo, Kazuki Kumada, and Toru HirotaSeparase sensor reveals dual roles for separase coordinating cohesin cleavage and cdk1 inhibition.
Developmental Cell (2012) 23: 112-123.

多くのがん細胞には、細胞分裂の度に染色体数が変動する「染色体不安定性」と呼ばれる性質があり、この染色体不安定性は、がん細胞の転移や浸潤を促進し、がんの悪性化など、がんの病態に直接関与していると考えられています。細胞が正常に分裂する際には、分裂期の後期に、姉妹染色分体が「一斉に同期して」分離することが必要ですが、この染色体分離の「同期性」の意義は未解明のままでした。本研究では、姉妹染色分体の結合の解除を促進する酵素「セパレース」の活性化機構の中で、特に瞬間的に起こる染色体分離を可能にしているメカニズムを解明することを目的としました。

セパレース・センサーを用いた解析の結果、セパレース活性化のプロファイルを得ることに成功しました。セパレースの活性化は、セパレース抑制因子であるセキュリンにより制御され、セパレースとセキュリンは段階的にバランスが変わると予想されていましたが、セパレースの活性は、セキュリンが減少する分裂中期中には活性が抑制されており、染色体の分離が起こる直前(約90秒前)になって、急峻に活性化することが判明しました。さらに、その活性化は細胞内の染色体領域に限定して生じました。すなわち、セパレースは、その活性が必要とされる染色体上で極めて短期間のうちに活性化され、姉妹染色分体間のコヒーシンを一気に切断するという、非常にダイナミックな作用を有することが明らかとなったのです。

さらにセパレースは、細胞分裂を進めてきたサイクリン依存性キナーゼ(Cdk1)活性を抑制し、分離した姉妹染色分体を紡錘体極へ引き離す運動を促進し、染色体分離を確実に遂行させる働きをも担うことを見出しました。
このように、セパレースは、コヒーシンの切断と姉妹染色分体の引き離しという2つのプロセスのコントロールを担っており、安定した染色体分配を保証する極めて重要な酵素であることが明らかになりました。

細胞分裂に伴って正常に染色体が分離されることは、生命体の恒常性維持の基本であり、その破綻による染色体不安定性の獲得はがんの細胞病態そのものです。今回の解析で見出された、姉妹染色分体の「結合の解除」と、引き続く「紡錘体極への引き離し」の同期プロセスがセパレースによって絶妙に制御されているという結果は、細胞分裂のメカニズム解明の大きな進歩であるだけでなく、セパレースの機能低下による染色体不安定性が、細胞のがん化など、がん発症の本質的な理解につながると期待できます。
 従来は生化学的手法で計測されていたセパレース活性ですが、本成果によって、一つの細胞のレベルで可視的に定量することが可能となり、「セパレース・センサー」による細胞分裂機能解析システムの開発と、それ用いた抗がん薬の簡便なスクリーニングなどにも道が拓かれました。現在のところ、セパレースを分子標的とした抗がん薬は開発されておらず、この「セパレース・センサー」を用いた新たな抗がん薬の探索は大いに期待されます。

【概念説明図(右図参照)】
細胞分裂時に、染色体(DNA二本鎖)のペアをつなぎ止めておく「糊」の役割をもつ「コヒーシン複合体」のScc1タンパク質部分を、タンパク質分解酵素であるセパレースが切断して、染色体ペアを分離するように働く。

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