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最終更新日 : 2020年7月31日

白血病進展の新たな分子機構と治療標的を発見

ポイント

  • 急性骨髄性白血病の難治化に重要なHOXA9とTRIB1の作用を明らかにしました。
  • TRIB1はHOXA9が結合するスーパーエンハンサーの働きを増強してERG遺伝子の発現を亢進させます。
  • スーパーエンハンサーを標的とする薬剤JQ1の投与によりERGの発現が低下し、白血病の増殖が抑制されました。
  • 難治性の白血病の克服にTRIB1とスーパーエンハンサーを標的とする治療法が有用であることが示されました。

<研究の背景>

急性骨髄性白血病は、若年者、高齢者ともに発生が見られる血液のがんで、化学療法や骨髄移植の進歩により治療成績は向上しています。しかし、病型によって治療成績は異なり、特にHOXA9遺伝子が高発現を示す症例は、悪性度が高く難治性の症例も少なくないことが問題となっています。治療成績の向上のためにはHOXA9やその標的遺伝子の機能を標的とした治療の確立が望まれますが、現在のところ効率的な治療法は未開発です。私たちは、これまでにHOXA9の白血病誘導能を促進する遺伝子としてTRIB1を同定していますが、TRIB1を制御することが難治性の急性骨髄性白血病に対する新たな解決策になると期待して研究を計画しました。

<研究の内容>

1)TRIB1遺伝子の過剰発現はHOXA9の機能を促進する

私たちは、偽キナーゼをコードするTRIB1がHOXA9と協調的に働いて白血病発症を引き起こすこと、この作用にはTRIB1によるC/EBPaの分解とMEK/ERK経路の活性化促進が重要であることを明らかにしてきました(金ら、Blood, 2007;横山ら、Blood, 2010)。しかしながら、TRIB1とHOXA9の間に直接の相互作用は認められず、協調作用の意義は不明でした。一方、HOXA9とC/EBPaは転写因子として、白血病細胞のクロマチン上でしばしば共存することがわかってきました。マウス骨髄細胞にHOXA9を導入することで白血病細胞を作製しましたが、この際にTRIB1の有無により白血病細胞の動態に大きな差がみられることに気づきました。すなわち、TRIB1が発現する細胞は増殖や移植による白血病発症が促進され、遺伝子発現プロファイルにも大きな変化が認められ、HOXA9による転写制御プログラムがダイナミックに変化している可能性が示唆されました。そこで、ChIP-seq法で解析すると、HOXA9やC/EBPaが結合する領域にあるスーパーエンハンサーがTRIB1の発現により変動していることを見出しました。変動する幾つかの領域の中で、今回私たちは造血に重要な役割を担っているERG遺伝子に注目しました。解析の結果TRIB1はC/EBPaの分解を介してERGの造血特異的スーパーエンハンサーを増強し、ERGの発現を亢進させることが明らかになりました。

2)ERGはHOXA9とTRIB1の標的遺伝子として白血病の増殖を促進する

ERG遺伝子は正常の造血に必要であるのみならず、ヒトの白血病の原因遺伝子としても重要です。ERGをノックダウンすると、TRIB1が存在していても白血病細胞の増殖が阻害されました。逆に、ERGを強制的に発現させるとTRIB1がない状態でも白血病細胞の増殖は促進されました。一方、ヒト急性骨髄性白血病細胞株の一部でもHOXA9とTRIB1及びERGの発現レベルは相関を示し、TRIB1のノックダウンによりERGの発現が抑制されることも確認されました。

3)BRD4阻害薬JQ1はHOXA9/TRIB1経路を標的として白血病の増殖を抑制する

スーパーエンハンサーは、がん細胞の個性を規定するとともに、その増殖や未分化性といったがんの悪性化にも深く関わっていることから、治療の標的として注目されています。スーパーエンハンサーにはBRDファミリー蛋白が豊富に結合して、標的遺伝子の発現を正に制御しています。欧米ではBRD蛋白の阻害薬を用いた白血病や悪性リンパ腫の臨床試験も開始されています。今回の研究ではBRD4阻害薬のJQ1を用いてTRIB1が増強したスーパーエンハンサーに対する阻害効果を調べました。JQ1処理によりTRIB1とHOXA9に制御されるERGを初めとする標的遺伝子の発現は顕著に抑制され、細胞増殖も抑制されました。また、細胞分化や細胞死も誘導されました。また、白血病細胞を骨髄移植されたマウスにJQ1を投与すると、白血病発症の抑制が認められ、治療薬としての効果が示されました。JQ1の効果はTRIB1とHOXA9の発現が亢進しているヒト白血病細胞でも同様に認められました。

<まとめ>

急性骨髄性白血病の患者検体ではTRIB1とHOXA9の発現は相関が認められました。TRIB1の発現はC/EBPaの分解とスーパーエンハンサーの変化を介してHOXA9を発現する白血病の悪性化に深く関与していることがわかりました。TRIB1/HOXA9の重要な標的遺伝子としてERGを同定しましたが、 ERGの発現はJQ1によるBRD4の阻害に反応し、白血病の発症や悪性化に重要な役割を果たしていることが示されました。本研究の成果から、TRIB1とスーパーエンハンサーを標的とする難治性急性骨髄性白血病に対する治療が大きく期待されます。

<参考図>

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