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【ニュースリリース】染色体の形をコントロールする普遍的な仕組みの一部を解明 遺伝子治療の新たな扉を開く可能性に期待が高まる

2022年12月07日

発表のポイント
●細胞のがん化や、異常な染色体数を受け継ぐダウン症などの先天性染色体異常とも密接に結びつくとされる、分裂期染色体の構造を作り出す普遍的なしくみに、ゲノムDNAの長さとクロマチンループの大きさが関わることを見出しました。
●ヒト分裂期染色体における長さと太さの間の冪(べき)乗則の関係性(アロメトリー)を明らかにしました。
●クロマチンループの構造を解明し、これを人工的に制御することで、遺伝子の発現や染色体構造などの任意な調節・操作を実現することが期待されています。将来的には社会課題の1つである高齢不妊の根本原因の探究や生殖医療へと遺伝子治療の新たな扉を開く可能性を秘めています。

図1 分裂期染色体を作り出すしくみの概略図。SMC複合体コンデンシンの作るクロマチンループが大きくなると、分裂期染色体はより太くなる。また、ゲノムDNAの長さが長いと、分裂期染色体は太くて長くなる。

早稲田大学高等研究所の角井康貢(かくいやすたか)講師、英国フランシスクリック研究所のFrank Uhlmannグループリーダー、公益財団法人がん研究会 がん研究所の広田亨(ひろたとおる)部長らによる国際研究グループ(以下、本研究グループ)は、酵母細胞・ヒト培養細胞の分裂期染色体の構造を比較することで、生物種ごとのゲノムDNAの長さに応じて分裂期染色体を形作る共通のしくみを発見しました。遺伝情報は、分裂期染色体により安全に受け継がれます。本研究グループは、分裂期染色体が生物種ごとのクロマチンループの大きさに応じた特有の太さを持つこと、さらに、同一生物種内では染色体の太さがゲノムDNAの長さにより規定されていることを見出しました。これらの解明によって、分裂期染色体の作り方の新たな側面が見えてきました。
本研究成果は、米国のCell Press社が発行する『Cell Report』に2022年12月6日(火)午前11時(米国東部時間)に掲載されました。
論文名:Chromosome arm length, and a species-specific determinant, define chromosome arm width.

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

生命の設計図である遺伝情報は、分裂期染色体※1によって細胞から細胞へと受け継がれていきます。分裂期染色体は、とても長い紐のような構造のゲノムDNA※2が複雑に折り畳まれた立体構造をもちます。細胞が分裂する際には、コピーされたゲノムDNAが一組ずつの分裂期染色体として1つ残らず確実に分配され、同一の遺伝情報が娘細胞※3へと伝わっていきます。分裂期染色体が不完全に分配されると、娘細胞の保持する遺伝情報に過不足が生じて異常な細胞が生まれます。すなわち、染色体分配は細胞のがん化や、異常な染色体数を受け継ぐダウン症などの先天性染色体異常とも密接に結びつくため、分裂期染色体の構造を作り出すしくみを解き明かすことは、医学的見地からも非常に重要です。
ヒトや酵母細胞などの真核生物では、ゲノムDNAはヒストンタンパク質に巻きついたビーズのような構造が、数珠状に繋がったクロマチンとして、細胞内に保持されています。このクロマチンがさらに複雑に折り畳まれて、細胞が分裂する際に分裂期染色体となります(図2)。分裂期染色体の立体構造は、structural maintenance of chromosomes (SMC) 複合体コンデンシン※4がクロマチンをループ状に束ねることで形作られることが明らかとなってきています。しかしながら、ミクロなクロマチンループ構造がどのようにして染色体としての形を作るのかは、これまで明らかにはなっておりませんでした。

図2 分裂期染色体の構造の模式図。ゲノムDNAがヒストンタンパク質に巻き付いてビーズのような構造となる。これらのビーズ構造が数珠のように繋がったクロマチンをSMC複合体コンデンシンがループ状に束ねることで分裂期染色体が形作られる。

染色体の大きさを決める要因の1つとしてゲノムDNAの長さが関わっているであろうことは、容易に想像できます。例えば、ヒトの細胞では全長約2メートルのゲノムDNAが46本の染色体になります。46本の染色体は、大きい染色体ほど、より長いゲノムDNAに由来していることが知られています。一方で、染色体のサイズは生物種ごとに異なることも幅広く知られています。そこで染色体の形をコントロールする普遍的なしくみの解明に挑みました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
さまざまな生物に共通した染色体の形をコントロールするしくみを調べるために、本研究グループは出芽酵母と分裂酵母という2種類の酵母細胞に着目しました。これらの酵母細胞は、ゲノムサイズ※5がほぼ同程度ですが、出芽酵母は16本、分裂酵母は3本の染色体を持つため、染色体1本あたりのゲノムDNAの長さが違います。これら酵母細胞の染色体構造の比較を行うことで、ゲノムDNAの長さによる染色体構造の違いが鮮明となります。また、遺伝学的な改変により、染色体を融合させた酵母株も得られており、本研究の目的であるゲノムDNAの長さと染色体構造のつながりを調べるのに好都合です。出芽酵母・分裂酵母における染色体構造をHi-C法※6により調べたところ、ゲノムDNA長の短い出芽酵母は小さなクロマチンループを形成する一方で、長いゲノムDNA長の分裂酵母は、より大きなクロマチンループを形成することがわかりました(図3)。すなわち、出芽酵母と分裂酵母は、それぞれのゲノムDNAの長さに応じた特有の大きさのクロマチンループを作ることが判明しました。
このようなクロマチンループの大きさとゲノムDNAの長さの関係性をヒト培養細胞でも調べてみたところ、染色体腕部のゲノムDNAが長いほど、より大きなサイズのクロマチンループを作ることが明らかとなりました。したがって、ゲノムDNA長とクロマチンループの大きさの関係性は、酵母からヒトまで進化的に保存されていることがわかりました。このことは、ゲノムDNAの長さによるクロマチンループサイズの制御が染色体を形作る普遍的なしくみの一部であることを強く示唆しています。

図3 クロマチンループの大きさとゲノムDNAの長さの間には、生物種ごとに特有の関係性がある。

本研究グループは、超高解像度蛍光顕微鏡※7を用いて分裂期染色体の形態を精密に計測しました。その結果、クロマチンループの大きな分裂酵母は、小さなクロマチンループをもつ出芽酵母よりも太い分裂期染色体をもつことを見出しました(図4)。同じようにヒト培養細胞の分裂期染色体を精密に定量したところ、分裂期染色体の腕部の長さと太さの間には冪(べき)乗則の関係性(アロメトリー)があることを明らかにしました(図4)。ゲノムDNAの長さが長くなると分裂期染色体が太くなるという事実は、本研究による新たな発見です。

図4 クロマチンループの大きな分裂酵母は、出芽酵母より太い分裂期染色体を形作る(左)。ヒト分裂期染色体における長さと太さのアロメトリー(右)。

クロマチンループは、SMC複合体コンデンシンの働きにより作られることが知られています。そこでSMC複合体コンデンシンのクロマチン上での分布を調べたところ、細い染色体を持つ出芽酵母では、SMC複合体コンデンシンがクロマチン上に密に分布していました。一方、より太い染色体の分裂酵母やヒト培養細胞では、SMC複合体コンデンシンは、より幅広い間隔で分布していました。つまり、SMC複合体コンデンシンがクロマチン上で分布する間隔が広くなるほど、大きなクロマチンループが形成されることがわかりました。このことから、SMC複合体コンデンシンのクロマチン上での分布がクロマチンループの大きさ、そして染色体の太さを決めていると考えられます。このように、本研究はクロマチンループ形成の分子メカニズムに新たな知見をもたらしました(図5)。

図5 SMC複合体コンデンシンによるクロマチンループ形成と分裂期染色体の太さの模式図。

(3)研究の波及効果や社会的影響
クロマチンループの構造は、分裂期染色体の構造基盤となるだけでなく、遺伝子の発現のコントロールにも関わることが知られています。今回の研究のように、クロマチンループの構造について調べることは、ゲノムDNAが細胞内で動作する際の基盤となる原理の解明へと貢献します。将来的には、クロマチンループの構造を人工的に制御することで、遺伝子の発現や染色体構造を任意にコントロールすることができるようになり、遺伝子治療に新たな扉を開く可能性を秘めています。
分裂期染色体は、遺伝情報を細胞から細胞へと受け継ぐ実働部隊です。がん化した細胞や先天性染色体異常だけでなく、高齢の女性から採取した卵子においても、分裂期染色体が構造異常を示すことが報告されています。すなわち、染色体構造をコントロールするしくみを解き明かす今回の研究成果は、社会課題の1つである高齢不妊の根本原因の探究や生殖医療へと将来的に結びつくことが期待されます。
近年、DNAを記憶媒体としてデジタルデータを保存する研究も進んできています。DNAを記憶媒体として利用する場合、細胞のように小さなスペースにDNAを上手く詰め込み、そこから読み書きさせることが必要となってくると予想しています。今回の研究で明らかとなった、長いDNAが染色体構造を形作るしくみを応用することで、DNAの記憶媒体としての有用性が高まっていくと見込まれます。

(4)今後の課題
今回の発見により、ゲノムDNAの長さとクロマチンループの大きさが、生物種ごとの分裂期染色体の構造を決める共通のしくみの一部であることが明らかとなりました。一方で、生物種ごとのクロマチンループの大きさがどのような分子メカニズムで制御されているのか、という新たな課題が見えてきました。前述のように、クロマチンループの大きさのコントロールには、SMC複合体コンデンシンの働きが鍵を握ることが示唆されており、今後はより詳細な分子メカニズムを解き明かしていきたいと考えています。
また、今回の研究により、ヒト分裂期染色体における長さと太さのアロメトリーが明らかとなりました。染色体構造のアロメトリーがヒト以外の生物種において進化的に保存されているかどうかを調べることで、この普遍性について明らかにしていくとともに、ゲノムDNAの進化に迫っていけるのではないかと思料しています。

(5)研究者のコメント
分裂期染色体は19世紀末にヴァルター・フレミングによって観察された、細胞の中で最も大きな構造体の1つです。分裂期染色体の構造は、繊維状のクロマチンが折り畳まれたループの集合体であるにも関わらず、未だにその全容が明らかとなっていません。本研究での発見を足がかりに、染色体の構造を形作る普遍的なしくみに、さらに踏み込んでいきたいです。

(6)用語解説
※1 分裂期染色体
●細胞が分裂する際に、クロマチンがコンパクトに折り畳まれて凝縮し、Xの形をしたゲノムDNAの構造のこと。
※2 ゲノムDNA
●アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4つの塩基が繋がった配列のこと。A,T,G,Cの4塩基の順番による組み合わせを利用して、生命は遺伝情報を保存している。
※3 娘細胞
●1つの細胞が2つに分裂した後に作られる細胞のこと。
※4 structural maintenance of chromosomes (SMC) 複合体コンデンシン
●ヒストンタンパク質を持たない大腸菌などの原核生物から、ヒトなどの高等真核生物まで進化的に幅広く保存されたリング状のタンパク質複合体。細胞内においてクロマチンをループ状に束ねることで、分裂期染色体を形作る。
※5 ゲノムサイズ
●ゲノムDNAを構成する塩基の総数のこと。各生物に固有のゲノムサイズをもつことが知られており、ヒト細胞では約30億塩基対、酵母細胞では1200−1400万塩基対である。
※6 Hi-C法
●Hi-C法(high - throughput chromosome conformation capture:染色体立体配座捕捉法)は、細胞内におけるクロマチンの空間配置を調べる実験手法の1つ。ゲノムDNA配列を利用して、近接DNA配列を網羅的に次世代シークエンサーで読み取ることで、クロマチンの空間配置を決めることができる。
※7 超高解像度蛍光顕微鏡
●通常の光学顕微鏡(蛍光顕微鏡)は、使用する光の波長に応じて、小さな構造物の見え方(解像度)に限界がある。超高解像度蛍光顕微鏡は、この解像度よりも微細な構造を可視化できる特別な顕微鏡である。

(7)論文情報
雑誌名:Cell Reports
論文名:Chromosome arm length, and a species-specific determinant, define chromosome arm width.
執筆者名(所属機関名):角井康貢 1,2,3、Christopher Barrington 4、草野善晴 6、Rahul Thadani 3、Todd Fallesen 5、広田亨 6、Frank Uhlmann 3
(1.早稲田大学 高等研究所、2.早稲田大学 大学院先進理工学研究科 生命医科学科専攻、3.英国フランシスクリック研究所、4. 英国フランシスクリック研究所バイオインフォマティクス部門、5. 英国フランシスクリック研究所先進光学顕微鏡技術部門、6.公益財団法人 がん研究会 がん研究所)
掲載予定日時(現地時間):2022年12月6日午前11時(米国東部標準時)
掲載予定日時(日本時間):2022年12月7日午前1時
DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.111753

(8)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
研究費名:NPO法人酵母細胞研究会地神芳文記念研究助成金
研究課題名:生物進化における染色体構造の制御機構
研究代表者名(所属機関名):角井康貢(早稲田大学高等研究所)

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