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漿液性卵巣がんにおける予後の悪い分子型の発見とその治療戦略
EMBO Molecular Medicine
Tuan Zea Tan, Qing Hao Miow, Ruby Yun-Ju Huang, ...., Jean-Paul Thiery*, Seiichi Mori*
(*共同責任著者)
乳がんでも胃がんでもすべてのがんは多種多様です。例えば、同じ臨床病期の漿液性卵巣がんで、同じ治療(手術ならびに標準化学療法)を受けているのにも関わらず、ある患者さんは5年以上再発しないが、別の患者さんは1年以内に再発したりします。この多様性のことを、「腫瘍間の複雑さ(Inter-tumor Heterogeneity)」と言います。そしてこの「腫瘍間の複雑さ」は、同じ病名のがん、例えば漿液性卵巣がんであっても、個々の患者さんの漿液性卵巣がんを、その生物学的な特性に基づいて適切に分類し、それぞれの漿液性卵巣がんの性質に応じた治療を行う必要性を示しています。
今回の研究では16種類の臨床研究に由来する、1,538症例分の上皮性卵巣がん(ほとんどは漿液性卵巣がん)発現マイクロアレイデータの解析を行い、多様な予後を示す漿液性卵巣がんが、Epi-A, Epi-B, Mes, Stem-A, Stem-Bという5つの分子型に分類できることを見いだしました。腹腔内播種を来しやすいMes、早期でも予後不良なStem-Aなど、分子型分類は各種重要な臨床パラメータと強く相関します(図1)。
図1:上皮性卵巣がん臨床検体発現マイクロアレイデータから予後と相関する5つの分子型を同定した。左:5分子型の遺伝子発現パターン。右:5分子型の生存率曲線。Stem-A卵巣がんは最も予後不良である。
さらに142種類の卵巣がん培養細胞株も同じ5病型に分類することができました。これにより試験管内で化合物や遺伝子操作などの介入実験を行えるようになりました。最も予後不良な病型であるStem-A卵巣がん細胞株の成長に必要な遺伝子を探索する目的で、ゲノムワイドのshRNAスクリーニングを行い、細胞分裂に重要なチュブリン重合過程に関わる遺伝子TUBGCP4とNAT10を同定することに成功しました(図2)。
図2:卵巣がん培養細胞株の5分子型分類とStem-A細胞株の成長に必要な遺伝子群の同定。左:5分子型の遺伝子発現パターン。右:ゲノムワイドshRNAスクリーニング結果。Stem-A細胞株の成長に必要な遺伝子として、TUBGCP4とNAT10を同定した。
この結果を踏まえ、卵巣がん細胞株を用いて、試験管内でチュブリン重合阻害薬ビノレルビンおよびビンクリスチンがStem-Aがん細胞に対して特異的に奏効することを見いだしました。漿液性卵巣がんの標準治療薬であるパクリタクセルでは、統計学的有意差が認められませんでした。これらの観察結果により、漿液性卵巣がんで通常用いられないチュブリン重合阻害剤が、一部の予後不良症例で効果を示す可能性が示唆されました(図3)。
図3:チュブリン重合阻害薬ビノレルビンはStem-A卵巣がん細胞に特異的に奏効する。GI50:50%成長阻害濃度(単位:モル濃度)
この研究は国立シンガポール大学、京都大学、オスロ大学およびテキサス大学との共同研究として行いました。