注目すべき臨床試験と論文

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注目すべき臨床試験と論文

最終更新日 : 2024年6月24日

子宮内膜がん・前がん病変における早期の変化を解明
〜鍵となる遺伝子変異とDNAメチル化異常を発見〜

【ポイント】

  • 正常子宮内膜からから子宮内膜がんへ変化する過程で、子宮内膜増殖症(以後、増殖症と略)のうち、異型なし増殖症と異型あり増殖症への進行に際して、がん化抑制遺伝子PTENの変異と特有なDNAメチル化異常が生じていることを明らかにしました。
  • 区別が難しいと言われていた異型なし増殖症と異型あり増殖症病理診断を補完する新たな検査法を開発することが可能になり、患者さんのその後の経過や生活の質を改善することが期待されます。
  • 異型なし増殖症から異型あり増殖症への進行には、FOXA2, SOX17, HAND2といった正常子宮内膜の増殖や分化に重要な転写因子が重要な働きを示すことが分かりました。

【概要】

子宮内膜増殖症は子宮内膜がんの前がん病変です。組織学的に、正常な細胞が増殖している子宮内膜増殖症(異型なし増殖症)と、がん細胞に近い異常な細胞が増殖している子宮内膜増殖症(異型あり増殖症)の2つに分けられています。子宮内膜がんの患者さんの約半数で、異型なし増殖症、異型あり増殖症を経て子宮内膜がんに至ったものと考えられています(図1)。

公益財団法人がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター 次世代がん研究シーズ育成プロジェクトの森誠一プロジェクトリーダーを中心とする研究グループは、異型なし増殖症、異型あり増殖症について、病変部の遺伝子変異とDNAメチル化状態を精査し、それぞれの間でどのような変化が生じているのか調べました。

異型なし増殖症から異型あり増殖症に進行する際に生じる遺伝子変異として、子宮内膜がんのがん化に重要なPTENというがん化抑制遺伝子の変異が見つかりました(図1)。

DNAメチル化異常を調べたところ、異型なし増殖症から異型あり増殖症に進展する際に、ゲノム上で遺伝子発現を調節する領域の相当な部分でDNAメチル化が亢進していることが分かりました(図1)。異型なし増殖症と異型あり増殖症を区別する病理診断は専門家でも難しいのですが、DNAメチル化の程度が大きく異なっていた領域を用いることで、8割を超える精度で正しく弁別することができました。病理診断を補完する新たな検査法の開発につながる発見です。

さらに詳細な情報解析により、増殖や分化に関わるような転写因子の働きが、異型あり増殖症に進行する際に大きく変化していることが分かりました。例えば子宮内膜細胞を増殖させる作用を有するFOXA2やSOX17の働きが活性化し、細胞の増殖を止めて分化させる作用のあるHAND2の働きが不活性化していました(図1)。

本研究により、異型なし増殖症と異型あり増殖症の遺伝子変異・DNAメチル化異常の特徴が判明し新たな診断法開発の糸口となっただけでなく、異型なし増殖症から異型あり増殖症への進行過程における鍵となる分子機構の一端が明らかになりました。

本研究の成果は2024年5月11日にThe Journal of Pathologyにおいて、印刷版に先立ちオンライン版として公開されました

図1:本研究の概要
正常子宮内膜→異型なし増殖症→異型あり増殖症→子宮内膜がん というがん化の過程において、特に異型なし増殖症から異型あり増殖症に病気が進行する際に生じている遺伝子変異とDNAメチル化異常を調べ、種々の変化が起こっていることを見出しました。

【研究内容】

1. 背景

子宮内膜がんの約半数は前がん病変である増殖症を経て発生しています。増殖症は細胞の形が正常か、異常(=がん細胞に近い形)かによって、さらに異型なし増殖症と異型あり増殖症の2つに分類されます(図1)。

正常子宮内膜細胞の増殖と分化は女性ホルモンによって調節されています。女性ホルモンには細胞を増殖させるアクセル役のエストロゲンと、細胞増殖を止めて分化に導くブレーキ役のプロゲステロンがあります。エストロゲンとプロゲステロンがバランスをとりながら正常子宮内膜に対して作用することで、細胞がタイミングを合わせて増殖・分化します(図1)。

増殖症では、プロゲステロンがない、すなわちブレーキが効かない状態で、アクセル役のエストロゲンが子宮内膜細胞に作用し、細胞増殖が促進されています。そのうち、異型なし増殖症では細胞の形は正常な細胞と同じですが、異型あり増殖症では子宮内膜細胞が正常細胞からがん細胞に近い異常な細胞に変化しています(図1)。

>異型なし増殖症から異型あり増殖症に病気が進行することが、その後の子宮内膜がんへのさらなる変化に向けて重要なステップであると考えられてきましたが、その進行をもたらす本態が何であるのかは不明でした。私たちは異型なし増殖症から異型あり増殖症に進行する際の変化を捉えるために、患者さんから採取した異型なし増殖症と異型あり増殖症の病変部位について、遺伝子変異とDNAメチル化異常を精査することとし本研究を実施しました。

2. 研究内容と成果

本研究には、患者さんから診療に伴って採取し診療に用いた後の残余検体を用いました。30人の増殖症、異型なし増殖症48検体と異型あり増殖症44検体について、次世代シーケンシング解析とDNAメチル化マイクロアレイ解析を行いました。次世代シーケンシング解析は子宮内膜がんのがん化に関与していることが知られている596遺伝子のタンパク質翻訳領域を、DNAメチル化マイクロアレイ解析はゲノム上の865,320箇所のCpG部位を解析対象としており、それぞれ遺伝子変異とDNAメチル化異常を検出します。

図2:異型なし増殖症30検体、異型あり増殖症24検体、子宮内膜がん29検体における、子宮内膜がんのがん化に重要な遺伝子変異を有する症例の頻度
異型なし増殖症と異型あり増殖症の間でPTEN変異陽性検体の頻度が急増していました。

遺伝子変異を調べたところ、異型なし増殖症と異型あり増殖症の間でPTEN変異陽性検体の頻度が急増していました。その一方で、子宮内膜がんのがん化でPTENに続いて重要と考えられている、PIK3CA, KRAS, CTNNB1のいずれかの変異を有する検体は異型なし増殖症から子宮内膜がんに至るまでその頻度は変わりませんでした(図2)。この結果はPTEN変異が異型なし増殖症から異型あり増殖症に進行する際に決定的な役割を果たしていること、さらにPIK3CA, KRAS, CTNNB1はいずれも決定的な役割を果たしていないことを示しています。

異型なし増殖症と異型あり増殖症でDNAメチル化異常に差がある箇所を調べたところ、異型なし増殖症で3,610箇所、異型あり増殖症で2,543箇所の有意な高メチル化部位が見つかりました。正常子宮内膜と子宮内膜がんの検体においても同じ方向に変化していることも確認できました(図3)。さらに異型あり増殖症で高メチル化を示すCpG部位はゲノム上で遺伝子発現を調節する領域に偏在していました。

図3:異型なし増殖症と異型あり増殖症でDNAメチル化に差があるCpG部位のヒートマップ
本研究の異型なし増殖症検体と異型あり増殖症検体に加えてデータベースから入手した正常子宮内膜検体と子宮内膜がん検体と並べて示します。赤が当該部位の高メチル化を、緑が低メチル化を示しています。D-値はメチル化が偏っている程度を示す統計値です。

図3で示した結果を用いて、異型なし増殖症と異型あり増殖症の異型の有無を弁別するDNAメチル化シグネチャ「異型シグネチャ」を作成しました。そのスコアは、本研究で最初に取得したデータ(トレーニングデータ)と、それを実証するために新たに取り直したデータ(実証データ)の両方において、異型なし増殖症と異型あり増殖症の検体間で有意な差を示しました(図4)。弁別能の精度はトレーニングデータで84.9%、実証データで81.3%であり、専門家でも診断が分かれることが多いのと比較して、かなり高い精度と言えます。

図4:異型なし増殖症と異型あり増殖症を区別する異型シグネチャ
トレーニングデータと実証データで有意な差を示しました。

さらに情報解析を行うことで、子宮内膜細胞の増殖や分化に関わるような転写因子の活性が、異型なし増殖症から異型あり増殖症に進行する際に大きく変化していることも分かりました。例えば子宮内膜細胞を増殖させる作用を有するFOXA2やSOX17の働きが活性化し、細胞の増殖を止めて分化させる作用のあるHAND2の働きが不活性化していました(図1)。子宮内膜がんの発生の分子機構の一端が見えてきたと言えます。

図5:異型あり増殖症で活性化または不活性化している転写因子
子宮内膜の発生に重要な転写因子(緑)、子宮内膜がんの増殖に重要な転写因子(黄)、両方に重要な転写因子(紫)の異型あり増殖症における活性を予測しました。SOX17, FOXA2などの活

3. 今後の展開と波及効果

本研究で同定した転写因子群は、正常子宮内膜細胞ががん細胞に悪性転化する際の鍵となる分子群であり、それぞれが一つ一つの細胞のゲノム上で、どのような遺伝子の発現を制御するのか、今後もさらに深く研究を進めたいと考えています。また異型なし増殖症と異型あり増殖症の病理診断による区別は難しいと言われていますが、本研究で明らかになったPTEN変異や異型シグネチャを基に、病理診断を補完するような新たな検査法を開発することが可能となりました。この検査法が確立すれば患者さんのその後の経過や生活の質を顕著に改善することにつながります。このように基礎研究と臨床応用の両面での展開が期待されています。

【論文名、著者およびその所属】

  • 論文タイトル:Genetic and epigenetic alterations in precursor lesions of endometrial endometrioid carcinoma
  • ジャーナル名:The Journal of Pathology
  • 著者:Osamu Gotoh1†, Yuko Sugiyama1,2†, Akiko Tonooka3†, Mayuko Kosugi1, Sunao Kitaura1, Ryu Minegishi1, Masatoshi Sano1, Sayuri Amino1, Rie Furuya1, Norio Tanaka1, Tomoko Kaneyasu1, Kohei Kumegawa4, Akiko Abe2, Hidetaka Nomura2, Yutaka Takazawa5, Hiroyuki Kanao2, Reo Maruyama4, Tetsuo Noda1, Seiichi Mori1,6* †Equally contributing authors * 責任著者
  • 著者の所属機関:
    1. がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター 次世代がん研究シーズ育成プロジェクト
    2. がん研究会 有明病院 婦人科
    3. がん研究会 有明病院 病理部
    4. がん研究会 がん研究所 がんエピゲノムプロジェクト
    5. 虎の門病院 病理部
    6. がん研究会 有明病院 遺伝子診断部

【本研究への支援】

本研究は以下の研究費支援を受けて実施されました。

国立研究開発法人日本医療研究開発機構  次世代がん医療加速化研究事業
独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金
公益財団法人 車両競技公益資金記念財団

【用語解説】

前がん病変:がんの前段階にある病変

DNAメチル化:DNAを構成している塩基の1種であるシトシンの5番目の炭素がメチル基で修飾されること。発生過程における細胞の分化やがんなどの疾患に伴って、ゲノムの特定の箇所がメチル化または脱メチル化を受けることが知られている。近傍の遺伝子の発現調節に関係することもある。

転写因子:他の遺伝子の発現を調節する遺伝子

【お問い合わせ先】

<本研究に関すること>

公益財団法人がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター
次世代がん研究シーズ育成プロジェクト
森 誠一
〒135‐8550 東京都江東区有明3−8−31
TEL:03-3570-0452 e-mail: seiichi.mori@jfcr.or.jp

<取材等に関すること>

公益財団法人がん研究会 広報課
TEL 03-3570-0775 e-mail: kouhouka@jfcr.or.jp

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