これまでの抗がん剤は、がんの無秩序な増殖能を抑えることを目標に開発されてきました。そのために、臨床で使われている多くの抗がん剤は強い抗腫瘍効果を示す一方でがん細胞に対する特異性が低く、増殖期にある正常細胞をも障害してしまう危険性(副作用)を回避することが出来ませんでした。そこで、複数の抗がん剤を併用する多剤併用療法により副作用の出方を抑えようという試みもなされています。また、近年のがん研究の発展に伴い、がん細胞の特徴・特性を規定する分子機構が明らかにされ、この解明された分子標的をピンポイントで制御することによってがんの根治に結びつけようとする分子標的治療研究が盛んに行われています。その研究成果により、グリベック、イレッサなどに代表される新しい分子標的治療薬が既に臨床応用され、非常に高い治療効果を示しています。一方でこの分子標的治療薬は、効果が認められる患者さんとそうでない患者さんを、遺伝子検査によりあらかじめ判定することも可能になってきています。このことは、患者さん個人ごとに最適な治療法を選択するといった個別化治療(テーラーメード治療)が将来的には可能になることを意味しています。このように、がんの生存増殖機構に関する基礎的研究成果を元に開発された薬剤が、臨床応用され、期待通りの効果をあげつつあるというのが現在のがん化学療法の現状であり、これら新たながん分子標的治療薬は、世界中の製薬企業・ベンチャー企業で続々と開発されています。このような分子標的治療薬ががん化学療法の中心的薬剤として臨床応用されていくことで、将来の「がんの化学療法」のイメージを大幅に変えていくものと期待されています。
がん化学療法センター基礎研究部では、創設以来、がん化学療法に関する基礎研究と新しい抗がん剤の開発研究という大学ではあまり行なわれないユニークな研究が進められてきました。これまでに民間企業との共同研究の成果として、サンラビン、ミフロール、THP-アドリアマイシンなどの抗がん剤を開発しています。また、耐性化したがんに有効な抗がん剤としてME-2303、 MX-2、 CPT-11、リゾキシンなどを研究し,その一部は現在臨床のフェーズ試験に入っています。また、抗がん剤耐性を克服するMS-209などの薬剤研究も進めてきました。がんの基礎研究としては、がんの分子標的治療薬開発の際に標的となる新規分子の同定を目指し、様々な研究を展開してきました。私自身は、先代の部長であった故 鶴尾隆博士の後任として、2006年に部長を拝命しておりますが、これまでに基礎研究部で続けられていた研究に、私自身が進めてきたシグナル伝達研究、がん転移研究、がん幹細胞研究を融合させることで、臨床展開を念頭に置いた基礎研究に力を注いでいきたいと考えています。特にがんの転移を抑制する薬剤に関しては未だ有効な薬剤が臨床応用されていないのが現実であり、この手術不能な転移がんを標的にした薬剤開発を最優先で進めていきます。また、がん研独自の分子標的治療法開発、あるいはその開発に関わるような基礎的な分子機構解明ならびにスクリーニングシステムの構築を行なうことで、今後のがん化学療法に新たな展開・方向性を示す試みを続けていきたいと考えております。
基礎研究から開発研究をシームレスに行なえるといったがん化学療法センター特有なユニークな研究環境を維持し、これからますます増加すると考えられるがんの患者さんに、いち早く有効な新しい抗がん剤を開発し届けるよう努力していきます。
2010年1月5日
部長 藤田直也








