注目すべき臨床試験と論文

印刷

注目すべき臨床試験と論文

最終更新日 : 2017年12月5日

がん転移を促進するがん細胞―血小板の結合に重要な新規部位の同定とこの結合を標的とした中和抗体の創製に成功

ポイント

  • 転移性のがん細胞に高発現するポドプラニン/Aggrusにおいて、血小板上のレセプターCLEC-2との新たな結合部位PLAG4ドメインを発見しました。
  • 既知のCLEC-2結合部位PLAG3ドメインと今回発見したPLAG4ドメインの両方を介してポドプラニンが血小板と結合していることが示されました。
  • ・PLAG4ドメインに対する中和抗体であるPG4D1とPG4D2の創製に成功し、これらの抗体がポドプラニンを発現するがん細胞の血小板凝集誘導活性および肺転移を強力に抑制することを見出しました。

論文名、著者およびその所属

関口貴哉研究生(がん研究会・がん化学療法センター・基礎研究部)と藤田直也センター所長(がん研究会・がん化学療法センター・基礎研究部部長兼任)はがん転移促進因子であるポドプラニンに、血小板上のレセプターであるCLEC-2との新たな結合部位PLAG4ドメインが存在することを明らかにしました。さらに、この結合を阻害できる中和抗体PG4D1およびPG4D2の作製に成功し、これらの中和抗体の投与によって肺への転移が強力に抑制できることをマウス血行性転移モデルで示しました。この研究結果は12月14日、米国科学誌Oncotargetに掲載されました。

  • 論文名
    Targeting a novel domain in podoplanin for inhibiting platelet-mediated tumor metastasis
  • ジャーナル名
    Oncotarget
  • 著者
    Takaya Sekiguchi1,2, Ai Takemoto1, Satoshi Takagi1, Kazuki Takatori1,2, Shigeo Sato1, Miho Takami1, Naoya Fujita1,3*
    * 責任著者 藤田直也(がん化学療法センター所長 兼 基礎研究部部長)
  • 著者の所属機関
    1. がん研究会 がん化学療法センター 基礎研究部
    2. 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
    3. がん研究会 がん化学療法センター所長室

研究の背景

図1近年の日本は、がん罹患率・死亡率の増加傾向が著しく、緊急な対策が求められています。がんの致死率を規定する最も大きな要因は、がんが発生した原発巣における増殖ではなく、転移にあることが知られています。がんが転移巣を形成するためには、図1に示すように、@原発巣におけるがん細胞同士の接着の減弱と離脱、周辺組織への浸潤、A血管やリンパ管などの脈管系への侵入、B脈管系内での移動、C血管内皮細胞などに発現している接着分子レセプターとの相互作用・着床、D血小板、免疫担当細胞やその他の血液内成分との相互作用と塞栓形成、E遠隔臓器内での脈管外への移動、転移先臓器組織内への浸潤、F転移先臓器組織内への適合と増殖、といった様々なステップを経る必要があります。

各ステップは転移形成においてどれも重要なステップですが、がん化学療法センター基礎研究部ではDのステップと主に関係する、血小板によるがん転移促進機構に注目して研究を進めています。血小板は、血液中に含まれる比較的小さな血球成分の一つで、血管が損傷した時にその傷に集積し傷口を塞ぎ、血液凝固を誘導することにより、止血作用を示します。一方で、がん患者の22%に血小板増加傾向が認められること、血小板増加症は予後不良と関係すること、低血小板症は抗転移効果を示すことが実験的モデルで示されていることなどから、血小板はがん転移を促進することが示唆されています。血小板ががん細胞表面を覆うことにより免疫細胞による攻撃が回避されること、がん細胞表面に付着した血小板が糊のような役割を果たすことで大きな腫瘍塊が形成されて毛細血管における物理的な塞栓形成が促進されること、血小板凝集時に血小板内顆粒より放出される増殖因子などが腫瘍増殖を促進すること、などが血小板によりがん転移が促進される理由として挙げられます。

図2基礎研究部では、マウスの結腸がん細胞株を繰り返し実験的に肺転移させて取得した高転移性株NL-17と低転移性株NL-14を比較した結果、高転移性株NL-17では低転移性株NL-14より高い血小板凝集活性が認められることを見出していました。そこで、高転移性株NL-17の高い血小板凝集誘導活性に関与する因子をスクリーニングすることで、責任分子としてポドプラニン(Podoplanin、別名:Aggrus)を同定しました。ポドプラニンは扁平上皮がん、中皮腫、食道がん、グリオブラストーマ、膀胱がん、骨肉種を含む多様ながん細胞で発現が認められます。また、ポドプラニンを発現させることで、低転移性のCHO細胞は血小板凝集活性を示し、血行性転移が促進されることも確認されています。その後、山梨大学の井上先生らが、ポドプラニンの血小板上のレセプターとしてCLEC-2を同定しました。CLEC-2を欠損した血小板でも、生理的な血小板凝集誘導刺激に応答し凝集すると報告されていることから、ポドプラニン―CLEC-2相互作用の阻害は生理的な止血には影響しないと考えられており、ポドプラニンは転移や腫瘍増殖を抑制する薬剤を開発する際の良い分子標的として期待されています(図2)。

ヒトポドプラニンはPLAG3ドメインを介してCLEC-2と結合していることが示されています。私たちは、そのPLAG3ドメインを含む領域を認識しポドプラニンとCLEC-2の結合を阻害するMS-1抗体やP2-0抗体などの中和抗体の創製に成功し、それらがポドプラニン依存的な血小板凝集と血行性転移を抑制することをこれまでに明らかにしてきました。しかし、(1)MS-1抗体やP2-0抗体ではポドプラニンとCLEC-2の結合を完全には抑制できないこと、(2)MS-1抗体やP2-0抗体は、ポドプラニン誘導性の血小板凝集の開始を遅延させることができるが、結局は血小板凝集が起きてしまうことが観察されていました。

論文発表内容

図3今回、ポドプラニンのPLAG3のCLEC-2結合への寄与を再検討するために、PLAG3ドメインの変異体を発現する細胞を作製し、解析を行ったところ、(3)PLAG3ドメインを欠損および点変異を導入したポドプラニン変異体は、減弱はするもののCLEC-2と結合活性を示すこと、(4)これらのポドプラニン変異体は、血小板凝集能の減弱は確認されるが、結局血小板凝集を誘導してしまうことが明らかになりました。(1)−(4)の事実は、ポドプラニン上にPLAG3ドメイン以外のCLEC-2との結合に関与する部位が存在することを示唆していたことから、私たちはその新たな部位の探索を行いました(図2)。

哺乳類のポドプラニンの保存性を解析したところ、種間で保存され、かつPLAGドメインとの相同性を有した配列をヒトポドプラニンの81から85番目(EDLPT)に発見しました(図3上中)。そこでこのEDLPT配列をPLAG4ドメインと命名し、その部位を欠損させた変異体(PLAG4欠損体)を作製し、解析したところ、PLAG4欠損体のCLEC-2結合能はPLAG3欠損体と比較して大きく減弱していることを見出しました(図3下)。さらに重要なことに、PLAG3とPLAG4の両ドメインを欠損した二重欠損体は、CLEC-2とほぼ完全に結合できなくなりました(図3下)。すなわち、ポドプラニンはPLAG3/PLAG4両ドメインでCLEC-2と結合していると考えられます。

図4PLAG4ドメインを阻害することの有用性を検証するために、PLAG4ドメインを認識する中和抗体の作製を行いました。作製できた抗体のうち、PG4D1とPG4D2の2種類の抗体は、PLAG4ドメインを含む部位を認識し、ポドプラニンとCLEC-2の結合を阻害することを確認しました。これらの抗体を用いた血小板凝集実験では、抗体の添加によって、ポドプラニン依存的な血小板凝集をPLAG3に対する中和抗体MS-1よりも強力に抑制できることが分かりました(図4左)。さらに、PLAG3ドメイン上のCLEC-2との結合に必須な48番目のアスパラギン酸をアラニンに置換したD48A点変異体はPLAG4のみでCLEC-2と結合することで血小板凝集を誘導しますが、このD48A点変異体を発現させたCHO細胞(CHO/Podoplanin-D48A)にPG4D2抗体を添加するとPLAG4依存的な血小板凝集が起こらなくなることが確認されました(図4右)。よって、PLAG3/PLAG4両ドメインを標的とすることが、ポドプラニンによって誘導される血小板凝集を効果的に抑制することが示唆されました。また、マウスモデルを用いたin vivoにおける肺転移実験においてもPG4D1とPG4D2の抗体の投与によって、顕著に肺への転移を抑制できることが明らかとなりました。

以上の結果より、ポドプラニンの新規PLAG4ドメインがCLEC-2との相互作用を介して血小板凝集を誘導していることが証明されました。さらに、世界で初めて樹立されたPLAG4ドメインを認識してCLEC-2との結合を阻害するPG4D1抗体やPG4D2抗体は、PLAG3ドメインを認識するMS-1抗体などと同様に腫瘍と血小板の凝集を抑制することでがん転移を抑制する分子標的薬として有望であると示されました。

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構次世代がん研究戦略推進プロジェクトにて実施したものです。

 

このページのTOPへ