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【ニュースリリース】希少な子宮・卵巣がん肉腫のゲノム異常パターンに基づく新しい分類法を開発

2019年10月31日

1.概要
○子宮および卵巣に生じるがん肉腫は、一つの腫瘍の中で、上皮性のがん腫と、非上皮性の肉腫が混在する稀ながんで、症例数は少ないものの、高い多様性を示します。治療が効きにくく、再発や転移をしやすいがんです。乳がんなどの他のがんで行われているように、生物学的な性質に基づいた病型分類を行い、病型に応じた治療を行う方法を開発する必要がありますが、症例数が少ないために、これまで病型分類を行うことができませんでした。
○がん研究会の森誠一らの研究グループは、子宮および卵巣がん肉腫109症例の手術検体について、次世代シーケンサ(NGS)を用いた、がん肉腫では世界で最大規模の包括的オミックス解析(注1)を行いました。腫瘍のゲノム異常のパターンから、予後や臨床的特徴が大きく異なる4つの分子型に分類する方法を開発しました。
○それぞれの分子型は特定のDNA修復機構(注2)の異常を背景として発生したものと考えられます。また各分子型の中に、免疫チェックポイント阻害薬(注3)やPARP阻害薬(注4)が効く可能性が高い症例があることが判明しました。
○腫瘍の中で、肉腫成分が出現する分子機構としてDNAメチル化(注5)が重要であることを見つけました。
○これらの成果は、子宮・卵巣がん肉腫の新たな治療戦略の開発につながります。

本研究の成果は、Nature Publishing Groupオープンアクセス誌Nature Communicationsに、2019年10月31日付で公開されます。

(本研究のまとめ)

2.ポイント
●一律に治療するのではなく、病型ごとに治療法を変えることで治療成績が改善します。その例として、HER2陽性乳がんにおけるトラスツマブ治療や、マイクロサテライト不安定性を示す消化器がんにおける免疫チェックポイント阻害治療などが挙げられます。
●病型分類を正しく行うためには、一定の症例数が必要となりますが、がん研有明病院を中心に京都大学ならびに埼玉医科大学より、多数の症例を集めることにより、世界でも最大規模の症例数を得ることができました。
●ゲノムの塩基配列や、遺伝子発現、DNAメチル化など多種類の情報(=包括的オミックス情報)を、同じ検体で取得し統合的に解析することで、がんの性質をより深く理解することができます。
●がん肉腫の同じ腫瘍内で、がん腫成分と肉腫成分を別々に取り分けて解析を行い、肉腫成分が出現する分子機構を明らかにしました。

3.論文名、著者およびその所属
○論文名
Clinically Relevant Molecular Subtypes and Genomic Alteration-Independent Differentiation in Gynecologic Carcinosarcoma

○ジャーナル名
Nature Communications (Nature Publishing Groupのオープンアクセス誌)
(※2019年10月31日付でオンラインに掲載されました。)

○著者
Osamu Gotoh1, Yuko Sugiyama2, Yutaka Takazawa3, Kazuyoshi Kato2, Norio Tanaka1, Kohei Omatsu2, Nobuhiro Takeshima2, Hidetaka Nomura2, Kosei Hasegawa4, Keiichi Fujiwara4, Mana Taki5, Noriomi Matsumura5, Tetsuo Noda1, Seiichi Mori1
* 責任著者

○著者の所属機関
1. がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター 次世代がん研究シーズ育成プロジェクト
2. がん研究会 有明病院 婦人科
3. がん研究会 有明病院 病理部
4. 埼玉医科大学国際医療センター 包括的がんセンター 婦人科腫瘍科
5. 京都大学 医学部 婦人科学産科学教室

4.研究の詳細

背景と経緯
我が国では10万人の女性のうち1〜2人が、子宮または卵巣に生じるがん肉腫に罹患します。その5年生存率は、子宮がん肉腫で約35%、卵巣がん肉腫で約30%と、予後が悪い病気です。病理学的に多様な組織型を示しますが、症例数が少ないため、臨床的に有用な病型分類法が存在していません。また組織学的に近い子宮体がん・卵巣がんに準じた治療が施されますが、がん肉腫はそれらのがんに比べて早く進展し、治療がより効きにくいという特徴があります。

大腸がん・乳がん・肺がんなど、多くのがん種で、大規模ながんゲノム研究が行われてきました。そこで取得されたゲノム情報を用いて、従来の病理組織学的病型分類を補完するような、新しい分子型の分類法が確立されたり、新たなドライバー遺伝子(注6)が見つかるなど、多くの知見が得られてきました。それらの情報は、従来の治療薬の使い方を大きく変化させることとなり、新たな治療戦略を開発するための基礎となっています。しかしがんゲノムの解析には、収集・保管が難しい新鮮凍結検体が不可欠です。十分な数の検体を集積しやすい、症例の多いがん種での研究は大幅に進んだものの、症例数の少ない希少がんはその流れから未だ取り残されています。例えば子宮・卵巣がん肉腫は、これまでのがんゲノム研究で解析された数は少なく(米国の大規模コンソーシアムにおける57検体の解析がこれまでの最多です)、従来の治療方法を変えるような知見は得られていません。

本研究は、希少な子宮・卵巣がん肉腫の克服に向けて、新たな治療戦略を開発するというゴールを目指したものです。本研究において、がん研究会・がんプレシジョン医療研究センターは、がん研有明病院・婦人科および病理部、京都大学・産婦人科、埼玉医科大学・婦人科腫瘍科と共同で、対象症例数が世界最大規模の109症例の検体について、次世代シーケンサ(NGS)を用いたゲノム・エピゲノム解析を行い、子宮・卵巣がん肉腫の新しい分類法の確立を試みました(図:本研究のまとめ)。

研究内容
109症例の腫瘍検体のゲノム異常パターンから、がん肉腫は4つの分子型に分類できることが分かりました。具体的には、DNAポリメラーゼ イプシロンに変異があるために1塩基置換が多数生じるPOLE、マイクロサテライト不安定性を示し、塩基の挿入欠失の多いMSI、相同組換修復異常などによりDNAコピー数異常を示すCNH、いずれの異常も示さないCNLです。これらの分子型は、オミックス情報だけでなく、予後などの臨床的特徴が大きく異なっていました。さらに、DNA修復に関する遺伝子の変異型と合わせてみることで、免疫チェックポイント阻害薬やPARP阻害薬が効きやすいと予想されるような症例が含まれていることが分かりました(図1)。

(図1)

また、同じ腫瘍検体の中で、隣り合ったがん腫と肉腫の部分を取り分けたり、いろいろな場所のがん細胞を何箇所も採取したりして、それらのオミックス情報を比較しました。その結果、肉腫成分は遺伝子変異とは無関係に出現すること、肉腫成分の出現は上皮間葉転換(注7)という現象と同じものであり、特定のゲノム領域がメチル化されることで促進されることが分かりました(図2)。

(図2)

とめ
予後が不良な子宮・卵巣がん肉腫における、新たな分子型分類法を確立し、腫瘍の中で、肉腫成分が生じる分子機構を見つけました。これらの知見はがん肉腫の治療戦略を変えることにつながるものです。

5.本研究への支援
本研究は以下の研究費支援を受けて実施されました。

  独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金
  公益財団法人 車両競技公益資金記念財団

6.用語解説

(注1)包括的オミックス解析
ゲノムの塩基配列や、遺伝子発現、DNAメチル化など多種類の情報を、同じ検体で取得し、統合的に解析を行うこと。

(注2)DNA修復機構
細胞には、種々の要因でDNAが損傷を受けると、損傷した部位を修復する機構が備わっている。がん細胞では、その機構の一部が機能できないことがあり、その場合、特定のゲノム異常のパターンを示す。

(注3)免疫チェックポイント阻害薬
多くのがんでは、がん細胞に対する免疫にブレーキ(免疫チェックポイント)がかかって不活性化されている。そのブレーキを解除し、がん細胞に対する免疫を活性化するような薬のこと。

(注4)PARP阻害薬
DNA修復機構の一つである相同組換修復が機能しない場合に、PARP経路を阻害すると、がん細胞を殺すことができる。

(注5)DNAメチル化
DNAの塩基の一部がメチル化される現象のこと。それにより遺伝子発現が抑制されることがある。

(注6)ドライバー遺伝子
変異によりがん細胞の増殖が促進されるような遺伝子。

(注7)上皮間葉転換
上皮細胞が移動能をもつ非上皮性の間葉細胞に転換する可逆的な変化で、胚発生・器官形成における過程のひとつ。この現象は発生時だけでなく、傷が治る過程やがん細胞の転移の過程などでも起こることが知られている。

 

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