メッセージ
がん研究所 所長メッセージ

がん研究所 所長 広田亨
昨年の春に研究所長を引き継いだのは、ようやくコロナ禍が明けようとしていたころでした。かれこれ5年間ものあいだ、人との接触が制限されて、学会で発表することもままならなかったときを過ごしました。研究活動において、面と向かって交わすコミュニケーションが、いかに大事であるかを痛感した空白の時間でした。膝を突き合わせての談論風発こそが、アイディアを生み出して醸成するためには欠かせないことを思い知らされました。
コロナ禍が去ったと思ったら、今度はAIの大きな波が押し寄せてきました。人間が話す言語や表現パターンを学習した大規模言語モデルによって、AIは一気に身近なものになり、社会にさまざまな変容をもたらしています。研究の世界にも変動が起ころうしている今、「何のために研究するのか」をより強く意識しなければならないと感じています。
昨今の革新的技術は、あらゆる生体情報を容易く得ることを可能にしました。その莫大な情報は、AIによって簡素化した情報に変換され、それを活用した研究は加速度的に進むと期待されました。ところが量産されるデータの解析は、同じ類の解析ツールを用いるためにどこか画一的になりがちであり、本質に迫る成果に達するのは難しいと感じています。そして、それぞれの研究者自身の思考や、研究の独創性や独自性が影を潜めてしまっていることは深刻な問題です。
そもそも研究の目的は何でしょうか。新しいこと、新しい視点を見つけ、新しいものを創り出すことです。解決すべき問いを明確に設定して、未知の形象や現象と向き合っていく眼力をもって解答を探るという営みこそが研究の真髄です。そうして進んだ先にある成果には、自ずと独自性や独創性がついてくるもので、決してAIが得意とする既知の情報の組み合わせだけでは到達することはできないはずです。
どのようなことに気をつけてAIと付き合っていく必要があるのでしょうか。AIは膨大な情報の中から既知の答えを効率よく取り出す「検索(search)」には優れています。しかし、研究に必要なのは未知の問いを「探索(explore)」することです。研究においては、これらは似て非なるものであることをよく認識している必要があるでしょう。
AI時代に生きていく私たちにとって、能動的に観て、自分の頭で考えるということは、これまでにも増して重要なことだと思います。「よく観て、よく考える」という習慣と能力をなくして科学者はあり得ないし、より高質な医療の実現も心許ないと思うのです。
こうして二つの波の襲来は、私たちに真に大事なことは何かを再考させる契機となりました。研究には、好奇心が先導する研究と、有用性を求めて進める研究という直交する軸がありますが、これらの要素は別々のものではなく、意外にも表裏一体であり、その両者を一つ屋根の下で取り組むことにこそ、がん研の強みがあります。さまざまな専門性は、その基底部分で「がんという疾患を何とかしたい」というミッションで繋がっています。がん研に深く根づいている「あくなき探究」というサイエンティスト・スピリッツを大切にして、このミッションを達成するために総力をあげていく所存です。ご支援をよろしくお願いいたします。









