注目の論文

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注目の論文

最終更新日 : 2020年7月31日

ゲノムDNAの立体構造から見えた乳がん細胞の弱点
- 再発乳がんの治療に新たな道 -

このたび、がん研究会がん研究所がん生物部 山本達郎博士研究員と、斉藤典子部長、および熊本大学、九州大学、理化学研究所の研究グループが、治療抵抗性を獲得した再発乳がんモデル細胞を用いて、非コードRNAを介したゲノム構造の変化を調べることで、抵抗性乳がんの持つ脆弱性の仕組みを解明しました。

乳がんの約7割は、女性ホルモンのエストロゲンと結合してがんの増殖に働くエストロゲン受容体(ER)を大量に産生しています。そのため、エストロゲンの作用を抑える内分泌療法が効果的ですが、治療抵抗性を獲得することで、治療効果がなくなり、再発することが問題になっています。ある種の内分泌療法抵抗性乳がんモデル細胞(抵抗性細胞)では、タンパク質をコードしない非コードRNAであるエレノアが細胞核内に留まり、抵抗性細胞の増殖を促進します。一方で、抵抗性細胞の中ではプログラムされた細胞死であるアポトーシスに関わる遺伝子が活性化され、エストロゲンやその類似体であるレスベラトロールの投与により細胞死が誘導されます。これらのことから、抵抗性細胞は増殖と細胞死の相反する性質が活性化されていることになりますが、そのしくみは不明でした。そこで本研究者らは、細胞核内のゲノムの立体構造に着目しました。

【詳細】

エストロゲン受容体(ER)を発現するER陽性乳がんとその内分泌療法抵抗性を獲得した再発乳がんのモデル細胞を用いて、C-テクノロジーと呼ばれる解析を行い、ゲノムの立体構造を明らかにしました。その結果、エレノアが生じるゲノム領域はひとつの構造体を形成していること、エレノアはこの構造体全体を活性化していることがわかりました。細胞内で活性化された遺伝子を網羅的に同定するRNA-Seqデータの解析により、抵抗性細胞の核の中では、アポトーシスのためのFOXO3遺伝子が活性化されていました。同時にそこに増殖に関わるESR1遺伝子が近接しており、FOXO3とともに活性化されていることが分かりました。また、レスベラトロール処理や、エレノアを標的とした核酸医薬を用いると、近接していたゲノム間は離れ、ESR1遺伝子は抑制され、FOXO3遺伝子のみが活性化された状態となり、そのために細胞死に誘導されました(図)。
これらの結果は、がん細胞が増殖するために細胞死を克服する仕組みが、エレノアが関わるゲノム立体構造であることを示しています。今回の発見により、がん細胞における、増殖と死に関わる遺伝子の活性化のバランスが増殖に傾いた状態を崩すことが治療の鍵であることが分かりました。

Abdalla, M.O.A., Yamamoto T., Maehara, K., Nogami, J., Ohkawa, Y., Miura, H., Poonperm, R., Hiratani, I., Nakayama, H., Nakao, M., and Saitoh, N. The Eleanor ncRNAs activate the topological domain of the ESR1 locus to balance against apoptosis. Nature Communications (2019) In-press

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