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注目の論文

最終更新日 : 2024年5月24日

染色体分配の鍵を握るAurora B複合体(CPC)のユニークな分子構造を発見
〜クロマチン分子HP1をリクルートするCPCのINCENPサブユニットが持つ
「二連結合領域SSHドメイン」の発見とその重要性について〜

【ポイント】

がん研究所実験病理部の迫洸佑特任研究員、野澤竜介研究員、広田亨部長は、古川亜矢子准教授(京都大学農学研究科 応用生命科学専攻応用生化学講座)、栗田順一特任助教(横浜市立大学生命医科学研究科 プロジェクト研究室)、西村善文名誉教授(同研究室)らとの共同研究により、以下の研究成果を得ました。

  1. INCENPは、保存性の高いHP1結合モチーフ(PVI-motif)のみならず、その下流のアミノ酸配列が関与してHP1と結合する。
  2. この結合部位はINCENPの天然変性領域中に位置しており、HP1結合時にのみβ-strand (PVI-motif)とα-helix (下流配列)に構造が変化する。
  3. この結合領域を「SSH ドメイン (Structure composed of Strand and Helix)」と名付けた。
  4. SSH ドメインは、INCENPのHP1結合能力を大幅に増強し、分裂期におけるAurora Bのキナーゼ活性と染色体分配の恒常性維持に必須である。

なお、がん細胞においてはHP1結合低下に伴うCPCの機能低下が起こっており(Abe et al., 2016)、その分子機能を担う結合構造基盤が今回明らかになったことから、今後はCPCの分子制御のさらなる理解や創薬研究にも繋がると期待されます。本研究成果は、2024年5月23日付でJournal of Cell Biology誌にオンライン掲載されました。

【研究の背景】

染色体分配時において、Aurora Bキナーゼを含む染色体パッセンジャー複合体(CPC)は姉妹染色分体の各動原体の間に位置するインナーセントロメアに濃縮し、動原体/微小管の結合異常を補正する機能を持つことが知られています。がん研究所実験病理部の先行研究から、ヘテロクロマチンタンパク質のHP1がCPCに結合してAurora Bの分子機能を補助すること、HP1の結合不足はがん細胞の染色体不安定性と関連すること、が判明していました(Abe et al., 2016)。CPCの足場タンパク質であるINCENPはHP1結合モチーフ(PVI-motif)を持ちますが、インナーセントロメアにはINCENP以外にもPVI-motifを持つタンパク質が存在します。そのような細胞内環境下で、Aurora Bの分子機能を司るCPC/HP1結合がいかに特異性を保っているのか、構造学的な知見がありませんでした。

【本研究で得られた結果・知見】

一般的に、HP1と結合するタンパク質はPVI-motifを介して二量体型HP1と結合するとされてきました。しかし、本研究によって、INCENPはPVI-motifだけではHP1と結合できず、モチーフの下流に位置するアミノ酸配列もまたHP1との結合に関与することが判明しました。興味深いことに、INCENPのPVI+下流領域は特定の構造をとらない天然変性領域にあり、HP1結合時にのみβ-strand (PVI-motif)とα-helix (下流配列)に構造変化することがNMR解析により明らかとなりました。この2領域は二量体型HP1に結合する際、旧来のPVI-motif (Kd = 0.2〜4.0 μM)と比べて著明に高い親和性を示すため(Kd = 〜0.03 μM)、研究チームはこのユニークな結合領域を「SSHドメイン (Structure composed of Strand and Helix)」と命名しました(図1)。加えて、SSHドメインはHP1の細胞内局在やCPCの活性を制御し、正確な染色体分配にも必須の分子構造であることが明らかとなりました(図2)。

なお今回の研究ではさらに、SSHドメインを旧来のPVI-motifで置換したINCENP変異体はその役割を補完できず染色体分配に異常をきたすこと、SSHドメインは分裂期(M期)のみならず分裂期よりも前の間期(G2期)から結合することが判明しました。このことから、CPCが機能を発揮し始めるG2/M遷移期からINCENPがHP1を占有し、M期で必要なCPC活性を維持するために、強力なHP1結合領域であるSSHドメインが重要な役割を果たしていると考えられました。

【今後の研究展開】

染色体の分配異常がもたらす染色体ストレスは、通常、細胞に細胞死や細胞老化を誘導します。一方でがん細胞は、染色体ストレスをかかえながらも細胞分裂を行う能力を持ちます。細胞分裂が完遂できるか否かはAurora B (CPC)の活性に依存しますが、CPCの機能低下が起きているがん細胞が染色体の分配異常を起こしつつも分裂/増殖ができていることを考えると、がん細胞は機能低下したCPCに未だ依存して細胞分裂を行っていることが予想されます。そこで、CPCの活性をさらに低下させる状態を人工的に作り出すことで、細胞分裂に耐えられない程の染色体分配異常と細胞死を引き起こす事ができれば、がん細胞を特異的に狙った治療法の開発にもつながると考えています。

本来強固なCPC/HP1結合を強制的に解離させることは、上述の状態を作り出すことにつながり、SSHドメインの構造情報取得はその第一歩です。特にSSHドメインが他のHP1結合タンパクとは結合様式が異なるという点において、より特異性の高い(副作用の小さい)分子化合物の取得が可能になると期待されます。

参考文献

Abe, Y., Sako, K. Takagaki, K., Hirayama, Y., Uchida, K.S.K., Herman, J.A., DeLuca, J.G. and Hirota, T. Dev. Cell. 36:487-497. (2016)

【参考図】

(図1) NMRの解析データを元にしたモデル図。HP1のクロモシャドウドメイン(CSD)の二量体に対し、INCENP SSHドメインが非対称に結合する様子が示されている。相互作用後に変化があったCSD上の着色されたアミノ酸残基は相互作用後に変化があることを示しており、HP1は非対称的にINCENPと相互作用していることがわかる。
(図2)  A, Mycタグ認識抗体による免疫沈降(IP)実験。内在性INCENPをノックダウンし(INCENP RNAi)、6Mycタグ付きの外来性INCENPのみが発現する各細胞の抽出液を用いている。SSHドメイン内のβ-strandの変異体(PVI_3A)もしくはα-helixの変異体(Δ179-191およびE180A)は、どちらも野生型(WT)と比べてHP1の結合量が低下しており、2つの領域が揃って初めてHP1結合部位として機能することが判明した。B, 各INCENP変異体発現細胞における染色体分配の動態異常頻度。正常二倍体細胞であっても、高程度(赤色)と中程度(オレンジ)の分配異常が合計で20%程度認められる(一番左)。INCENPノックダウンではより重篤な分配異常(左から2番目、茶色)が生じるが、外来性INCENP WTによって通常状態まで回復する(左から3番目)。INCENP SSHドメインの変異体はどちらもWTほど回復せず、染色体分配の動態異常頻度が2倍ほど高いことがわかる。C, Aurora Bの基質である動原体タンパク質Hec1のリン酸化量を計測し、Aurora Bの活性を定量化している。INCENP SSHドメイン変異体の発現細胞はWTよりも20%ほどHec1のリン酸化量が低い、つまり、Aurora Bの活性が低下していた。よって、INCENP SSHドメインはCPCの活性維持に必須であることが明らかになった。

【論文情報】

論文タイトル:Bipartite binding interface recruiting HP1 to chromosomal passenger complex at inner centromeres

掲載誌:Journal of Cell Biology

DOI:10.1083/jcb.202312021

著者:迫洸佑、古川亜矢子、野澤竜介、栗田順一、西村善文*、広田亨*

*責任著者

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