研究内容
2. 新規PI3K阻害剤ZSTK474の同定と創薬研究
PI3キナーゼ(PI3K)は、細胞膜の脂質二重層に存在するリン脂質、ホスファチジルイノシトール(PI)をリン酸化する酵素である。細胞外からの増殖因子シグナルによって活性化される受容体チロシンキナーゼにより活性化され、PI二リン酸(PIP2)からPI三リン酸(PIP3)を生成することにより細胞内シグナル伝達を活性化する。種々のアイソフォームが知られているが、細胞増殖シグナルにはPIK3CA遺伝子がコードするクラス1A PI3Kのαアイソフォーム(p110α)が重要であると考えられている。一方、PIP3を脱リン酸化してPIP2に戻す酵素であるPTEN(Phosphatase and Tensin Homolog deleted from chromosome 10)が知られている。がんにおいては、PIK3CA遺伝子の機能獲得型変異や、PTEN遺伝子の欠損など、結果的にPIP3を過剰に産生するような遺伝子異常が高頻度に起きており、それが発がんやがん細胞の増殖促進の要因となる。このことから、PI3Kはがん治療の有用な分子標的と考えられていた。
分子薬理部では、JFCR39パネルを用いて全薬工業が開発した新規抗がん物質ZSTK474の作用メカニズム解析を行い、本剤がPI3K阻害剤であると予測し、実験的に証明した。また、細胞レベルでAkt以下のPI3K下流シグナルを抑制すること、動物レベルでヒトがんゼノグラフトに顕著な抗がん活性を示し、毒性は軽微であることを明らかにした(図1) (1)。当研究室ではZSTK474の特徴を克明に調べ、抗がん分子作用機序(G1アレスト)、標的特異性、さまざまながんモデルでの有効性、血管新生阻害作用などを明らかにしてきた。また、JFCR39システムを活用して効果予測バイオマーカーの探索を試み、感受性バイオマーカーとしてリン酸化Aktの高発現、抵抗性バイオマーカーとしてKRAS/BRAF遺伝子の機能獲得変異を見出した(2-6)

全薬工業では、臨床試験に進めるために必要な剤型開発、薬物動態研究、GLP試験などを完了し、FDA(アメリカ食品医薬品局)の審査を経て、2011年より米国で、翌年2012年より日本で臨床試験がされた(注目すべき臨床試験と論文)。その結果、本剤は薬事承認にはいたらなかったものの、肉腫患者で比較的長期の病勢安定が得られた(7, 図2)。このことからリバーストランスレーショナル研究として、各種肉腫組織型由来の細胞株を収集し、本剤の薬効を調査したところ、染色体転座陽性のユーイング肉腫、滑膜肉腫、胞巣型横紋筋肉腫に顕著なアポトーシスを誘導し、in vivoでも良好な抗がん効果を発揮することが明らかにした(8、プレスリリース)。また、アポトーシスの誘導は、アポトーシス誘導因子であるPUMAやBIMの誘導に依存することがわかった(9)。

また、当研究室では本剤の抗腫瘍免疫に与える効果に着目した研究を展開している。免疫チェックポイント阻害薬(ICI)はがん治療に革新をもたらしたが、多くの患者で効果は限定的である。その大きな要因の一つが、腫瘍内で免疫抑制的に作用する制御性T細胞(Treg)の存在である。ZSTK474はα、β、γ、δの4アイソフォームすべてを阻害し、特にT細胞に強く発現するPI3Kδに高い選択性を持つことから、動物に移植した腫瘍内の免疫細胞に与える本剤の影響を検討した結果、至適投与量ではTregを優先的に抑制し、腫瘍抗原特異的CD8+T細胞(CTL)の活性化と増加を誘導した。一方、高用量ではCTLも同時に抑制されるため、用量と投与順序の調整が極めて重要である。抗PD-1抗体を先行投与し、その後にZSTK474を併用するプロトコールによって、Tregの抑制とCTLの活性化が両立し、さらに記憶T細胞への分化が促進された。その結果、強力かつ持続的な抗腫瘍免疫が誘導され、長期的な腫瘍制御効果が得られた。すなわちZSTK474はTregとCTLのバランスを精緻に制御し、ICIの効果を最大化することができるものと期待される(10)。
当研究室では現在、本剤に関する特許、および出願中特許に係る特許を受ける権利を譲り受けた大原薬品工業とともに、肉腫治療薬としての開発を目指した研究を展開している。2021年度より、日本医療研究開発機構(AMED)の産学官共同研究プロジェクト(GAPFREE5)に採択され、本剤を起点としたプロドラッグ開発を進めている。
参考文献
- Yaguchi S, Fukui Y, Koshimizu I, Yoshimi H, Matsuno T, Gouda H, Hirono S, Yamazaki K, Yamori T. Antitumor activity of ZSTK474, a new phosphatidylinositol 3-kinase inhibitor. J Natl Cancer Inst. 2006 Apr 19;98(8):545-56.
- Kong D, Dan S, Yamazaki K, Yamori T. Inhibition profiles of phosphatidylinositol 3-kinase inhibitors against PI3K superfamily and human cancer cell line panel JFCR39. Eur J Cancer. 2010 Apr;46(6):1111-21.
- Kong D, Yamori T, Yamazaki K, Dan S. In vitro multifaceted activities of a specific group of novel phosphatidylinositol 3-kinase inhibitors on hotspot mutant PIK3CA. Invest New Drugs. 2014 Dec;32(6):1134-43.
- Dan S, Okamura M, Mukai Y, Yoshimi H, Inoue Y, Hanyu A, Sakaue-Sawano A, Imamura T, Miyawaki A, Yamori T. ZSTK474, a specific phosphatidylinositol 3-kinase inhibitor, induces G1 arrest of the cell cycle in vivo. Eur J Cancer. 2012 Apr;48(6):936-43.
- Kong D, Okamura M, Yoshimi H, Yamori T. Antiangiogenic effect of ZSTK474, a novel phosphatidylinositol 3-kinase inhibitor. Eur J Cancer. 2009 Mar;45(5):857-65.
- Dan S, Okamura M, Seki M, Yamazaki K, Sugita H, Okui M, Mukai Y, Nishimura H, Asaka R, Nomura K, Ishikawa Y, Yamori T. Correlating phosphatidylinositol 3-kinase inhibitor efficacy with signaling pathway status: in silico and biological evaluations. Cancer Res. 2010 Jun 15;70(12):4982-94.
- Lockhart AC, Olszanski AJ, Allgren RL, Yaguchi S, Cohen SJ, Hilton JF, et al. A first-in-human phase I study of ZSTK474, an oral pan-PI3K inhibitor, in patients with advanced solid malignancies [abstract]. In: Proceedings of the AACR-NCI-EORTC International Conference: Molecular Targets and Cancer Therapeutics; 2013 Oct 19?23; Boston, MA. Philadelphia (PA): AACR. Abstract nr B271. Mol Cancer Ther 2013;12:B271.
- Namatame N, Tamaki N, Yoshizawa Y, Okamura M, Nishimura Y, Yamazaki K, Tanaka M, Nakamura T, Semba K, Yamori T, Yaguchi SI, Dan S. Antitumor profile of the PI3K inhibitor ZSTK474 in human sarcoma cell lines. Oncotarget. 2018 Oct 12;9(80):35141-35161.
- Isoyama S, Tamaki N, Noguchi Y, Okamura M, Yoshimatsu Y, Kondo T, Suzuki T, Yaguchi SI, Dan S. Subtype-selective induction of apoptosis in translocation-related sarcoma cells induced by PUMA and BIM upon treatment with pan-PI3K inhibitors. Cell Death Dis. 2023 Feb 27;14(2):169..
- Isoyama S, Mori S, Sugiyama D, Kojima Y, Tada Y, Shitara K, Hinohara K, Dan S, Nishikawa H. Cancer immunotherapy with PI3K and PD-1 dual-blockade via optimal modulation of T cell activation signal. J Immunother Cancer. 2021 Aug;9(8):e002279.











