【ニュースリリース】進行直腸がんの遺伝子発現解析により術前化学放射線療法の効果を予測する 新たなバイオマーカーを発見
2023年02月09日
1.発表者:
秋吉 高志(がん研究会有明病院 大腸外科 副部長)
森 誠一(がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター 次世代がん研究シーズ育成プロジェクト プロジェクトリーダー)
2.発表のポイント:
◆直腸がんの治療を行う際、手術前に放射線治療と抗がん剤の組み合わせで腫瘍を小さくして取りやすくする術前化学放射線療法が行われ、手術後の局所再発の率が下がることが知られています。
◆術前化学放射線療法でがんが消えてしまえば、手術をせずに治癒することも可能ですが、多くの場合がん細胞が残存し手術が必要になります。術前化学放射線療法の効果を予測することができれば、個々の患者さんに最も適した治療方針を立てることが可能になります。
◆本研究では直腸がんの術前化学放射線療を始める前の検体の遺伝子発現解析を行い、術前化学放射線療法の治療効果を予測できるような遺伝子発現パターンを同定しました。
◆この遺伝子発現パターンは腫瘍が治療により小さくなることを予測できるだけでなく、その後の再発やがんによる死亡の時期を予測できることが明らかとなりました。
◆直腸がんの腫瘍検体の遺伝子発現パターンに応じて適切な治療法を選択する、個別化医療の発展に貢献することが期待されます。
3.発表概要:
がん研究会有明病院大腸外科の秋吉高志副部長、がん研究会がんプレシジョン医療研究センターの森誠一プロジェクトリーダーらの研究グループは、進行直腸がん患者の、術前化学放射線療法※1を行う前の生検検体を用いて、次世代シーケンサーによる遺伝子発現解析(RNAシーケンス解析※2)を行い、化学放射線療法の治療効果を予測するような遺伝子発現パターンを見つけました。
がんが直腸の筋肉の層を超えて深く進展しているような、ある程度進行してはいるものの、手術により治癒する可能性のある直腸がんに対して、手術前に放射線と抗がん剤を組み合わせる化学放射線療法は標準治療として世界的に広く行われています。しかし、がん細胞が完全に消滅する場合もあれば、ほとんどのがん細胞が残ってしまう場合もあり、治療効果は患者さんによって様々です。大腸外科の秋吉高志副部長を中心とした研究グループは、298人もの患者さんのご協力を得て、それらの患者さんたちの化学放射線治療前の検体の遺伝子発現解析を行い、がん細胞を殺す能力を有している、細胞障害性リンパ球の遺伝子発現スコア(細胞障害性リンパ球スコア)が、効果良好群(治療が効いて、がん細胞がほとんど残存しなかった群)で効果不良群(治療が効かずに、がん細胞が多く残存した群)に比べ有意に高いことを明らかにしました。
この細胞障害性リンパ球スコアは、画像でのがんの広がりや切除後の顕微鏡でのがんの広がりなどの、他の臨床的、病理学的因子を含めて解析しても、それらとは無関係に、術前化学放射線治療の効果を予測できることが明らかとなりました。この研究結果は、進行直腸がんに対する今後の個別化医療の発展に寄与するものと期待されます。
本研究は、がん研究会有明病院とがん研究会研究本部の連携による成果であり、日本時間2023年1月21日にJAMA Network発行の米国科学誌「JAMA Network Open」のオンライン版に掲載されました。
4.発表内容:
研究の背景・先行研究における問題点
進行直腸がんに対する術前化学放射線療法は標準治療として世界的に広く行われており、10-15%の症例ではがんが完全に消滅してしまいます(病理学的完全奏効)。このような症例では生存率も良好であることが知られており、最近ではがんが完全に消滅した可能性がある症例に対しては手術を行わずに経過観察を行う待機療法も行われるようになってきました。一方で、その他の症例では術前化学放射線療法を行ってもがん細胞が残存することがあり、がん細胞が消滅・残存する程度は患者さんによって様々です。もし術前化学放射線治療の効果を予測することができれば、個々の患者さんの状態に応じた治療方針を立てることが可能になります。例えば、化学放射線療法の効果が効きにくいと予測される場合には、化学放射線療法に加えて、さらに強い抗がん剤を投与した上で手術するなど、より強力な治療方針に変更したり、逆に、効果が効きやすいと予測される場合は、化学放射線療法だけにとどめて、手術を省略することすらできるようになります。これまで、直腸がんの術前化学放射線療法の治療効果を予測する因子を見つけようとする研究が多くなされてきましたが、解析数が少なかったり、再現性がなかったりするなど、実際の診療で利用できるような因子は見つかっていませんでした。
研究内容
術前化学放射線療法開始前の生検検体から、顕微鏡を使ってがん細胞だけを取り出して、次世代シーケンサーを用いたRNAシーケンス解析※3を行い効果良好群と効果不良群の遺伝子発現パターンの差を調べました。298例という多くの患者さんのご協力を得られたので、世界的にも最大の規模でデータの解析を行うことができました。
効果良好群において、免疫細胞ががん細胞を殺すための遺伝子 GZMAや、がん細胞に対する免疫を促進するような遺伝子であるPDCD1, TIGIT, CD274などの遺伝子の発現上昇がみられました。パスウェイ解析でも、効果良好群では効果不良群に比べ様々な種類の免疫に関する遺伝子群が有意に亢進していました。さらに、がん組織に入り込んでいる種々の種類の免疫細胞を計算したところ、がん細胞を殺す能力を持っている、細胞障害性リンパ球のスコアが、効果良好群で効果不良群に比べ高いことが明らかとなりました。
この細胞障害性リンパ球スコアは、種々の臨床病理学的因子を含めた解析によっても、病理学的ながん細胞の残存の程度だけでなく、再発やがんによる死亡といった長期間の予後についても独立して予測できる因子であることが明らかとなりました。
今後の展開
本研究により、次世代シーケンサーを用いて、化学放射線治療を開始する前の腫瘍検体における細胞障害性リンパ球ががん組織に入り込んでいる程度が、術前化学放射線療法の治療効果を予測できることが明らかとなりました。今後、実地の臨床で応用とするためには、他の病院で治療している多くの患者さんの協力を得ながら、より多数の症例データを用いた検証が必要です。さらに、今後遺伝子発現解析に加え、ゲノム解析や画像解析を組み合わせて解析することで、治療効果を予測する精度がさらに向上できるものと考えています。
<研究支援>
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(18K08664、20K09022、22K08881)、公益財団法人がん研究振興財団、公益財団法人大和証券ヘルス財団、公益財団法人武田科学振興財団、一般社団法人日本外科学会の助成を受け実施されました。
5.発表雑誌:
雑誌名:「JAMA Network Open」(オンライン版:1月21日)
論文タイトル:Transcriptomic Analyses of Pretreatment Tumor Biopsy Samples, Response to Neoadjuvant Chemoradiotherapy, and Survival in Patients With Advanced Rectal Cancer
著者:Takashi Akiyoshi 1*, Zhe Wang 2, Tomoko Kaneyasu 2, Osamu Gotoh 2, Norio Tanaka 2, Sayuri Amino 3, Noriko Yamamoto 4, Hiroshi Kawachi 4, Toshiki Mukai 1, Yukiharu Hiyoshi 1, Toshiya Nagasaki 1, Tomohiro Yamaguchi 1, Tsuyoshi Konishi 5, Yosuke Fukunaga 1, Tetsuo Noda 6, Seiichi Mori 2
(*責任著者)
著者の所属機関
1. がん研究会有明病院 大腸外科
2. 公益財団法人がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター 次世代がん研究シーズ育成プロジェクト
3. 公益財団法人がん研究会 病理部
4. 公益財団法人がん研究会 がんゲノム医療開発プロジェクト 標的分子探索グループ
5. MDアンダーソンがんセンター 大腸外科
6. 公益財団法人がん研究会 がん研究所
DOI番号:10.1001/jamanetworkopen.2022.52140
URL:https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2022.52140
6.用語解説:
(※1) 術前化学放射線療法
進行直腸がんに対して手術の前に抗がん剤と放射線治療を組み合わせて行う治療のことです。術前化学放射線療法を行った方が局所再発が少なくなることが知られていますが、最近では効果が良好な症例に対しては手術を回避することも可能であることがわかってきました。手術が回避できれば、人工肛門や排便障害などが回避でき、生活の質の低下を防ぐことができます。
(※2) RNAシーケンス解析
次世代シーケンサーを用いてメッセンジャーRNAの配列情報を網羅的に読み取り、得られた配列情報から遺伝子発現を調べる解析手法です。
秋吉 高志(がん研究会有明病院 大腸外科 副部長)
森 誠一(がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター 次世代がん研究シーズ育成プロジェクト プロジェクトリーダー)
2.発表のポイント:
◆直腸がんの治療を行う際、手術前に放射線治療と抗がん剤の組み合わせで腫瘍を小さくして取りやすくする術前化学放射線療法が行われ、手術後の局所再発の率が下がることが知られています。
◆術前化学放射線療法でがんが消えてしまえば、手術をせずに治癒することも可能ですが、多くの場合がん細胞が残存し手術が必要になります。術前化学放射線療法の効果を予測することができれば、個々の患者さんに最も適した治療方針を立てることが可能になります。
◆本研究では直腸がんの術前化学放射線療を始める前の検体の遺伝子発現解析を行い、術前化学放射線療法の治療効果を予測できるような遺伝子発現パターンを同定しました。
◆この遺伝子発現パターンは腫瘍が治療により小さくなることを予測できるだけでなく、その後の再発やがんによる死亡の時期を予測できることが明らかとなりました。
◆直腸がんの腫瘍検体の遺伝子発現パターンに応じて適切な治療法を選択する、個別化医療の発展に貢献することが期待されます。
3.発表概要:
がん研究会有明病院大腸外科の秋吉高志副部長、がん研究会がんプレシジョン医療研究センターの森誠一プロジェクトリーダーらの研究グループは、進行直腸がん患者の、術前化学放射線療法※1を行う前の生検検体を用いて、次世代シーケンサーによる遺伝子発現解析(RNAシーケンス解析※2)を行い、化学放射線療法の治療効果を予測するような遺伝子発現パターンを見つけました。
がんが直腸の筋肉の層を超えて深く進展しているような、ある程度進行してはいるものの、手術により治癒する可能性のある直腸がんに対して、手術前に放射線と抗がん剤を組み合わせる化学放射線療法は標準治療として世界的に広く行われています。しかし、がん細胞が完全に消滅する場合もあれば、ほとんどのがん細胞が残ってしまう場合もあり、治療効果は患者さんによって様々です。大腸外科の秋吉高志副部長を中心とした研究グループは、298人もの患者さんのご協力を得て、それらの患者さんたちの化学放射線治療前の検体の遺伝子発現解析を行い、がん細胞を殺す能力を有している、細胞障害性リンパ球の遺伝子発現スコア(細胞障害性リンパ球スコア)が、効果良好群(治療が効いて、がん細胞がほとんど残存しなかった群)で効果不良群(治療が効かずに、がん細胞が多く残存した群)に比べ有意に高いことを明らかにしました。
図1. 細胞障害性リンパ球スコアの比較
細胞障害性リンパ球のスコアは効果良好群で効果不良群より統計的に有意に高い値を示しました。
この細胞障害性リンパ球スコアは、画像でのがんの広がりや切除後の顕微鏡でのがんの広がりなどの、他の臨床的、病理学的因子を含めて解析しても、それらとは無関係に、術前化学放射線治療の効果を予測できることが明らかとなりました。この研究結果は、進行直腸がんに対する今後の個別化医療の発展に寄与するものと期待されます。
本研究は、がん研究会有明病院とがん研究会研究本部の連携による成果であり、日本時間2023年1月21日にJAMA Network発行の米国科学誌「JAMA Network Open」のオンライン版に掲載されました。
4.発表内容:
研究の背景・先行研究における問題点
進行直腸がんに対する術前化学放射線療法は標準治療として世界的に広く行われており、10-15%の症例ではがんが完全に消滅してしまいます(病理学的完全奏効)。このような症例では生存率も良好であることが知られており、最近ではがんが完全に消滅した可能性がある症例に対しては手術を行わずに経過観察を行う待機療法も行われるようになってきました。一方で、その他の症例では術前化学放射線療法を行ってもがん細胞が残存することがあり、がん細胞が消滅・残存する程度は患者さんによって様々です。もし術前化学放射線治療の効果を予測することができれば、個々の患者さんの状態に応じた治療方針を立てることが可能になります。例えば、化学放射線療法の効果が効きにくいと予測される場合には、化学放射線療法に加えて、さらに強い抗がん剤を投与した上で手術するなど、より強力な治療方針に変更したり、逆に、効果が効きやすいと予測される場合は、化学放射線療法だけにとどめて、手術を省略することすらできるようになります。これまで、直腸がんの術前化学放射線療法の治療効果を予測する因子を見つけようとする研究が多くなされてきましたが、解析数が少なかったり、再現性がなかったりするなど、実際の診療で利用できるような因子は見つかっていませんでした。
研究内容
術前化学放射線療法開始前の生検検体から、顕微鏡を使ってがん細胞だけを取り出して、次世代シーケンサーを用いたRNAシーケンス解析※3を行い効果良好群と効果不良群の遺伝子発現パターンの差を調べました。298例という多くの患者さんのご協力を得られたので、世界的にも最大の規模でデータの解析を行うことができました。
効果良好群において、免疫細胞ががん細胞を殺すための遺伝子 GZMAや、がん細胞に対する免疫を促進するような遺伝子であるPDCD1, TIGIT, CD274などの遺伝子の発現上昇がみられました。パスウェイ解析でも、効果良好群では効果不良群に比べ様々な種類の免疫に関する遺伝子群が有意に亢進していました。さらに、がん組織に入り込んでいる種々の種類の免疫細胞を計算したところ、がん細胞を殺す能力を持っている、細胞障害性リンパ球のスコアが、効果良好群で効果不良群に比べ高いことが明らかとなりました。
図2. 免疫細胞スコアの発現パターン
赤が高いスコア、青が低いスコアを示しています。種々の免疫細胞のうち、細胞障害性リンパ球のスコアのみが効果良好群で効果不良群に比べ統計的に高い値を示しました。
この細胞障害性リンパ球スコアは、種々の臨床病理学的因子を含めた解析によっても、病理学的ながん細胞の残存の程度だけでなく、再発やがんによる死亡といった長期間の予後についても独立して予測できる因子であることが明らかとなりました。
図3. 細胞障害性リンパ球スコアによる生存率曲線
細胞障害性リンパ球のスコアが高いグループ(黄色)の生存曲線が、低いグループ(青)の生存曲線よりも良好でした。
今後の展開
本研究により、次世代シーケンサーを用いて、化学放射線治療を開始する前の腫瘍検体における細胞障害性リンパ球ががん組織に入り込んでいる程度が、術前化学放射線療法の治療効果を予測できることが明らかとなりました。今後、実地の臨床で応用とするためには、他の病院で治療している多くの患者さんの協力を得ながら、より多数の症例データを用いた検証が必要です。さらに、今後遺伝子発現解析に加え、ゲノム解析や画像解析を組み合わせて解析することで、治療効果を予測する精度がさらに向上できるものと考えています。
<研究支援>
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(18K08664、20K09022、22K08881)、公益財団法人がん研究振興財団、公益財団法人大和証券ヘルス財団、公益財団法人武田科学振興財団、一般社団法人日本外科学会の助成を受け実施されました。
5.発表雑誌:
雑誌名:「JAMA Network Open」(オンライン版:1月21日)
論文タイトル:Transcriptomic Analyses of Pretreatment Tumor Biopsy Samples, Response to Neoadjuvant Chemoradiotherapy, and Survival in Patients With Advanced Rectal Cancer
著者:Takashi Akiyoshi 1*, Zhe Wang 2, Tomoko Kaneyasu 2, Osamu Gotoh 2, Norio Tanaka 2, Sayuri Amino 3, Noriko Yamamoto 4, Hiroshi Kawachi 4, Toshiki Mukai 1, Yukiharu Hiyoshi 1, Toshiya Nagasaki 1, Tomohiro Yamaguchi 1, Tsuyoshi Konishi 5, Yosuke Fukunaga 1, Tetsuo Noda 6, Seiichi Mori 2
(*責任著者)
著者の所属機関
1. がん研究会有明病院 大腸外科
2. 公益財団法人がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター 次世代がん研究シーズ育成プロジェクト
3. 公益財団法人がん研究会 病理部
4. 公益財団法人がん研究会 がんゲノム医療開発プロジェクト 標的分子探索グループ
5. MDアンダーソンがんセンター 大腸外科
6. 公益財団法人がん研究会 がん研究所
DOI番号:10.1001/jamanetworkopen.2022.52140
URL:https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2022.52140
6.用語解説:
(※1) 術前化学放射線療法
進行直腸がんに対して手術の前に抗がん剤と放射線治療を組み合わせて行う治療のことです。術前化学放射線療法を行った方が局所再発が少なくなることが知られていますが、最近では効果が良好な症例に対しては手術を回避することも可能であることがわかってきました。手術が回避できれば、人工肛門や排便障害などが回避でき、生活の質の低下を防ぐことができます。
(※2) RNAシーケンス解析
次世代シーケンサーを用いてメッセンジャーRNAの配列情報を網羅的に読み取り、得られた配列情報から遺伝子発現を調べる解析手法です。
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