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【ニュースリリース】がん関連線維芽細胞の染色体構造の特徴を解明 〜反復配列の形の変化が炎症関連遺伝子の働きを促す〜

2023年08月01日

1.ポイント
・正常な細胞では凝集している染色体のサテライトII領域※1が、老化した細胞では膨張しており、この領域と特異的に相互作用している特徴的なDNA領域(DRISR※2)を発見しました。
・DRISRには、細胞老化や炎症と関連のある遺伝子群を制御している領域が集積していることが分かりました。
・サテライトII領域の凝縮状態に基づいて細胞の特徴を解析できるRepATACR法※3を開発し、乳がん腫瘍を構成する細胞集団の特徴を、新しい視点から解析することに成功しました。
・乳がん腫瘍を構成するがん関連線維芽細胞※4の中には、サテライトII領域が凝集している細胞と膨張している細胞が含まれていることを見出し、後者では、炎症性遺伝子群の遺伝子活性レベルが高いことを発見しました。

2.概要
がん研究会がん研究所細胞老化研究部の宮田憲一(みやたけんいち)客員研究員、高橋暁子(たかはしあきこ)部長を中心とする研究グループは、正常な細胞では凝集しているゲノムDNA上の反復配列であるサテライトII領域が膨張しており、この形態変化を示す老化細胞と一部のがん関連線維芽細胞では炎症性遺伝子群の発現が高い傾向があり、これが腫瘍進展を助長している可能性を明らかにしました(図1)。
腫瘍を構成するがん細胞及び非がん細胞(間質細胞)が呈する細胞老化及びSASP (Senescence-Associated Secretory Phenotype※5)は、腫瘍進展を促進することが知られております。これまでに、老化細胞では反復配列における染色体構造が変化していること報告されていましたが、これらの変化の機能的な意義は全く不明でした。今回、本研究グループは、染色体構造の変化の意義を明らかにするために、反復配列の一種であるサテライトII領域について解析した結果、サテライトII領域の構造が細胞老化の過程で膨張し、染色体で新たなDNA相互作用が生じることを発見しました。


そして、この相互作用領域をDRISR(Distinctive Regions Interacted with Satellite II in Replicative Senescent Fibroblasts)と命名しました。また、開いた領域に近接するDRISRは、細胞老化やSASPと関連のある制御領域が集積していました。さらに、乳がん組織を用いたDNA-FISH解析により、がん細胞及び間質細胞でサテライトII領域の膨張が観察されました。そこで、サテライトII領域が膨張している細胞を予測できるRepATACR法を開発し、解析を進めた結果、乳がん組織中でサテライトII領域が膨張しているがん関連線維芽細胞ではSASP関連遺伝子群の遺伝子活性レベルが高いことも見出しました。これらの結果から、細胞老化の過程で起こるサテライトII反復配列領域の染色体構造の変化が、炎症性遺伝子群の発現亢進を介してSASP及び腫瘍進展に寄与している可能性が示されました。
本研究成果は、令和5年8月1日午前5時(日本時間)に、米国科学アカデミー紀要(PNAS: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)オンライン版に掲載されます。

3.論文名、著者およびその所属
論文名
Chromatin conformational changes at human satellite II contribute to the senescence phenotype in the tumor microenvironment

ジャーナル名
米国科学アカデミー紀要(PNAS: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)

著者
Kenichi Miyata1,2,3, Xiangyu Zhou1, Mika Nishio1, Aki Hanyu1, Masatomo Chiba1, Hiroko Kawasaki1, Tomo Osako4, Kengo Takeuchi4, Shinji Ohno5, Takayuki Ueno6, Reo Maruyama3,7, and *Akiko Takahashi1,2,8*
*責任著者)

著者の所属機関
1.公益財団法人がん研究会 がん研究所 細胞老化研究部
2.公益財団法人がん研究会 NEXT-Gankenプログラム がん細胞社会成因解明プロジェクト
3.公益財団法人がん研究会 がん研究所 がんエピゲノムプロジェクト
4.公益財団法人がん研究会 がん研究所 病理部
5.公益財団法人がん研究会 有明病院 乳腺センター
6.公益財団法人がん研究会 有明病院 乳腺センター 乳腺外科
7.公益財団法人がん研究会 NEXT-Gankenプログラム がん細胞多様性解明プロジェクト
8.国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業

4.研究の詳細
背景と経緯
細胞老化は、生体に加わる様々なストレス(加齢、肥満、放射線・抗がん剤療法など)によって誘導され、細胞の増殖を停止させるがん抑制機構の一つとして働いています。その一方で、老化した細胞は慢性炎症を誘導することで、がんを含むさまざまな加齢性疾患の発症に関与していることが知られています。老化した細胞が慢性炎症を引き起こす原因は、細胞老化に伴う炎症性タンパク質の分泌現象(SASP: Senescence-Associated Secretory Phenotype)による影響が大きく、SASPの制御機構を明らかにすることは、がんの発症や悪性化を予防する面からも重要です。近年、本研究グループは、正常な細胞では見られないゲノムの反復配列に由来する非翻訳RNAが、老化細胞では高発現しており、SASPの誘導を促進している仕組みを明らかにしてきました※6。さらに、老化細胞ではゲノムの反復配列の染色体構造が大きく変化していることが知られておりましたが、その意義は不明であったため、新たな解析技術を用いてその解明に挑みました。

研究内容
まず、ヒトの正常な細胞に細胞老化を誘導した時にサテライトII領域の形をDNA-FISH法※7を用いて経時的に解析した結果、細胞老化に伴いサテライトII領域の形が膨張していく様子が観察されました(図2上)。



興味深いことに、この形態変化は、非翻訳RNAの転写よりも早期に起きていることが分かりました。続いて、サテライトII領域の膨張に伴い相互作用が変化したゲノム領域を解析しました(図2下)。その結果、正常な細胞では見られない7,522箇所と新たに相互作用していることを発見し、これらの領域をDRISRと命名しました。このDRISRには、細胞老化や炎症に関連のある遺伝子群を制御している領域が集積していることが分かりました。
そこで、これらのサテライトII領域の形の変化が、腫瘍を構成する細胞集団でも起きている可能性を検証するために、サテライトII領域の凝縮状態に基づいて細胞の特徴を解析できるRepATACR法を開発しました。この解析を実施することで、乳がん患者さん毎にサテライトII領域の膨張レベルにバラツキがあることを見出しました。また、サテライトII領域の膨張レベルは患者さんの年齢と相関し、細胞増殖マーカーとは逆相関することが分かりました。さらに、乳がん腫瘍を構成するがん関連線維芽細胞の中には、サテライトII領域が凝集している細胞と膨張している細胞が含まれていることを見出し、後者では、炎症性遺伝子群の遺伝子活性レベルが高いことを発見しました。
これらの結果は、サテライトII領域の染色体構造が膨張している細胞では、細胞老化様の変化が起きており、炎症性遺伝子群の発現を介したがんの悪性化に寄与している可能性を示唆しており、今後このメカニズムを標的とした新しいがんの予防法・治療法の開発が期待されます。

5.本研究への支援
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
•国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「個体の機能低下を引き起こす細胞老化の不均一性の解明(研究代表者:高橋暁子)」
•国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット「生体内ネットワークの理解による難治性がん克服に向けた挑戦(プロジェクトマネージャー:大野茂男)」
•日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 基盤研究(B)「染色体構造異常によるがんの悪性化機構の解析(研究代表者:高橋暁子)」
•日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 若手研究「がん細胞が細胞老化様の形質を獲得し、悪性化する分子メカニズムの解明(研究代表者:宮田憲一)」
•日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 若手研究「乳がん細胞における老化様エピゲノム異常がもたらす悪性化機構の解明(研究代表者:宮田憲一)」
•日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 特別研究員奨励費(PD)「細胞老化特異的なノンコーディングRNAによる腫瘍発症メカニズムの解析(研究代表者:宮田憲一)」
•公益財団法人 内藤記念科学振興財団
•公益財団法人アステラス病態代謝研究会

6.用語解説
1)サテライトII領域
ゲノムの約3%程度を占める単純反復配列の一種。サテライトII領域は、一部の染色体のペリセントロメア(染色体の長腕と短腕が交差するセントロメア領域の近傍)領域に存在し、通常はヘテロクロマチン(高度に凝集したクロマチン構造)化により、凝集した状態となっている。

2)DRISR
Distinctive Regions Interacted with Satellite II in Replicative Senescent Fibroblastsの略。細胞老化を起こした線維芽細胞で観察される膨張したサテライトII DNA領域と特異的に相互作用している領域。

3)RepATACR法
Repeat-integrated scATAC-seq Reanalysisの略。サテライトII等の反復配列のクロマチン状態を包括して細胞の特徴(遺伝子発現制御領域等)を解析できる新しい解析パイプライン。

4)がん関連線維芽細胞(CAFs)
正常な線維芽細胞は、ヒトの身体のさまざまな臓器に存在し、それらの形や構造維持に必須の役割を担うが、がんの間質(がん微小環境を構成するがん細胞を支える組織)を構成する線維芽細胞は、がん関連線維芽細胞(CAFs: Cancer-Associated Fibroblasts)と呼ばれ、がん細胞の増殖や抗がん剤治療に抵抗性を誘導し、さらに抗腫瘍免疫を抑制してがんの悪性化に働くことが報告されている。

5)SASP
老化した細胞は、サイトカイン、ケモカインなどのさまざまな炎症性タンパク質を高発現し細胞外へと分泌している。この現象は、細胞老化随伴分泌現象SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype)と呼ばれ、分泌されるタンパク質群はSASP因子と総称されている。

6)Miyata et al., Pericentromeric noncoding RNA changes DNA binding of CTCF and inflammatory gene expression in senescence and cancer, PNAS, 118(35), e2025647118, 2021

7)DNA-FISH法
固定された細胞内や組織において、特定のゲノムDNAの状態(一般的には、遺伝子の増減や位置)を調べる方法のこと。本研究では、サテライトII DNA領域に相補的な標識された核酸配列(プローブ)と反応させて、ヒト線維芽細胞や乳がん患者組織中のサテライトII DNA領域の状態の評価を行った。

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