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【ニュースリリース】ヒト細胞ゲノム、DNA複製開始の位置とタイミング決める仕組み解明

2025年12月04日

■ 概要 

細胞が増える際には、ゲノムDNAが正確に二倍に複製されますが、この仕組みに異常が生じると、細胞老化やがん、遺伝性疾患の原因になります。そのため、「ヒト細胞がどこで、どのようにDNA複製を開始するのか」は生命科学の根本的な謎でした。国立遺伝学研究所・鐘巻将人教授らの国際共同研究チームは、ヒト細胞ゲノムの複製開始位置を高精度に検出する新技術「LD-OK-seq法」(1)を開発し、複製開始の原理を明らかにしました。研究の結果、ヒト細胞は転写中の遺伝子を除けば、ゲノムのほぼどこからでも複製を開始できる柔軟な仕組みを持つことが判明しました。これは、複製に必要なMCMヘリカーゼ(2)がゲノム全体に広く結合しているためです。一方、S期初期に特に複製が始まりやすい領域は、TRESLIN-MTBP3)というタンパク質がMCMに結合することで選ばれ、その結合を拮抗的に調節する制御機構も働いていることがわかりました。本成果は、ヒト細胞が複製開始点を決める仕組みを初めて解明したもので、DNA複製異常に関連するがんや老化、遺伝病の理解に新たな道を拓きます。今後は、DNA複製の人工的制御技術の開発にもつながることが期待されます。本研究は国立遺伝学研究所の鐘巻将人教授の研究グループが中心となり、公益財団法人がん研究会の大学保一プロジェクトリーダー、仏キュリー研究所のChun-Long Chen教授、大阪大学大学院理学研究科の小布施力史教授による国際共同研究により行われました。 

 図の説明:ゲノムDNAにはMCMヘリカーゼが広く結合しており、MCMヘリカーゼのリン酸化はリン酸化酵素DDKと脱リン酸化酵素RIF1-PP1により拮抗的に制御されている。リン酸化されたMCMヘリカーゼをTRESLIN-MTBPが認識することで、複製開始する場所が決定される。(左)。MCMヘリカーゼが活性化されて複製フォークが形成される(右)。

 

■ 成果掲載誌 

本研究は、2025122日(日本時間)に国際科学雑誌「Nature Communications」に掲載されます。 

論文タイトル:

Regulated TRESLIN-MTBP loading governs initiation zones and replication timing in human DNA replication

著者:

Xiaoxuan Zhu, Atabek Bektash, Yuki Hatoyama, Sachiko Muramatsu, Shin-Ya Isobe, Chikashi Obuse, Atsushi Toyoda, Yasukazu Daigaku, Chun-Long Chen and Masato T. Kanemaki=責任著者 

DOI: 10.1038/s41467-025-66278-7


■ 研究の詳細

● 研究の背景

これまで、DNA複製の研究は、大腸菌や酵母などの微生物を中心に進められてきました。これらの生物では、DNA複製が始まる場所(複製開始点)(4)はDNA配列によって決まっています。しかしヒトを含む多くの真核細胞では、どのDNA配列から複製が始まるのかがDNA配列によって決まっておらず、ヒトゲノムのどこで複製が開始するのか、どうやってその位置が選ばれるのかは長年の謎でした。また、ゲノムDNAの複製は細胞周期のS期におきますが、S期初期にはユークロマチンが複製され、S期後期にはヘテロクロマチンが複製されます。これは複製タイミング(5)と呼ばれており、生物種を通して保存されています。しかしながら、複製タイミングを作り出しているシステムも分かっていませんでした。

 

● 本研究の成果

国立遺伝学研究所の鐘巻将人教授らを中心とした研究チームは、ヒト細胞ゲノム中のDNA複製開始領域(4)を高精度に検出する新しい技術「LD-OK-seq法」を開発しました。さらに、この領域に結合するタンパク質を解析することで、ヒト細胞がどのように複製開始位置を決めているのか、その基本原理を明らかにしました。 

ヒト細胞は転写している遺伝子領域を除けば、ほぼどこからでもDNA複製を開始できる能力を持つことがわかりました。この能力は、DNA複製に必要なMCMヘリカーゼという酵素がゲノム全体に広く結合していることに由来します。一方で、S期の初期には、転写している遺伝子の間の領域(遺伝子間領域)で複製が頻繁に開始されており、その場所はTRESLIN-MTBPというMCMヘリカーゼを活性化するタンパク質の結合によって決定されることがわかりました。さらに、TRESLIN-MTBPMCMへの結合を調節する拮抗的な制御システムも発見しました。 

加えてMCMへの結合を調節する拮抗的な制御システムを担うRIF1を欠損した細胞では、MCMヘリカーゼとTRESLIN-MTBPの結合がランダム化してしまい、ゲノムDNA上の至るところからDNA複製が起きてしまうことが明らかになりました。その結果、複製タイミングが失われてしまいました。 

本研究を通してヒト細胞は、複製できるポテンシャルをゲノム上に広く与えておき、そのあとTRESLIN-MTBPの結合により複製開始する場所を決定するという柔軟なシステムを持つことが明らかになりました。また、TRESLIN-MTBPを介して複製タイミングを作り出していることも明らかになりました。

 


図:ゲノムDNAにはMCMヘリカーゼが広く結合しており、MCMヘリカーゼのリン酸化はリン酸化酵素DDKと脱リン酸化酵素RIF1-PP1により拮抗的に制御されている。リン酸化されたMCMヘリカーゼをTRESLIN-MTBPが認識することで、複製開始する場所が決定される。これにより、ユークロマチン領域はよりS期の初期に複製されるため、複製タイミングが生まれる。一方、RIF1ノックアウト細胞では、MCMヘリカーゼのリン酸化拮抗的制御が失われる。TRESLIN-MTBPが至る場所に結合することができるため、ランダムな複製が起きて複製タイミングが失われる。

 

● 今後の期待

これらの成果は、「ヒト細胞がどのようにゲノムDNAの複製を開始するのか」という根本的な疑問に答えるものであり、DNA複製異常によって起こるゲノム不安定性疾患(細胞死、がん、老化、遺伝疾患など)や、ゲノム変化を通じた進化の理解に新たな視点を与えます。また、将来的には、人工的にDNA複製を制御する新しい技術開発の基盤となることも期待されます。

 

■ 用語解説

1LD-OK-seq

Ligase depletion Okazaki-sequencingの略。細胞中のDNAリガーゼを鐘巻教授らが開発したAID2法で分解除去し、細胞内に蓄積したDNA複製産物(岡崎フラグメント)を回収してシーケンスすることで、ゲノム中の複製開始領域を決定できた。

2MCMヘリカーゼ

DNA複製をおこなうためには、二本鎖DNAを巻き戻す必要があり、MCMヘリカーゼがこの巻き戻し反応をおこなう。G1期に不活性な状態でDNAに結合し、S期において活性化されてDNA複製制御の中心的な役割を担う。

3 TRESLIN-MTBP

MCMヘリカーゼを活性化させるのに関与するタンパク質複合体。酵母からヒト細胞まで保存されており、酵母のホモログSld3-Sld7複合体は国立遺伝学研究所の荒木弘之名誉教授により発見された。

4)複製開始点と複製開始領域

大腸菌や酵母では複製開始位置がDNA配列で規定されており「複製開始点」と呼ばれる。一方で、ヒト細胞を含む哺乳動物細胞では、複製開始位置が配列に規定されておらず、細胞間で複製開始位置が異なる。より複製開始に使われやすいゲノム領域があり、それらを「複製開始領域」と呼ぶ。

5複製タイミング

ユークロマチンはS期の初期に複製され、ヘテロクロマチンはS期の後期に複製される現象。さまざまな生物種で保存されており、S期後期に複製されるヘテロクロマチン領域はDNAの変異率が高い。

 

■ 研究体制と支援

本研究は国立遺伝学研究所の鐘巻将人教授の研究グループ、公益財団法人がん研究会の大学保一プロジェクトリーダー、仏キュリー研究所のChun-Long Chen教授、大阪大学大学院理学研究科の小布施力史教授による国際共同研究によりおこなわれました。研究遂行にあたり、科研費(JP23H02463JP21H04719, JP23H04925, JP25H00979)、先進ゲノム支援(JP22H04925 (PAGS))、JST FORESTJPMJFR204X)、JST CRESTJPMJCR21E6)、AMED医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE(課題名:日仏コンソーシアム「複製ストレスによる細胞老化とがん免疫」)による支援を受けました。

 

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