【ニュースリリース】がん細胞は薬剤に応じて 「染色体外DNA」の分配のしかたを自ら書き換える 〜1細胞レベルのクローン追跡が明らかにしたがんの薬剤耐性の新たな仕組み〜
2026年09月07日
1.ポイント
●がん細胞の中には、染色体から独立した環状のDNA「染色体外DNA(ecDNA)」(注1)が存在し、MYCなどのがん遺伝子を高いコピー数で保持しています。ecDNAは細胞分裂の際に均等に分配される仕組みを持たないため、その分配は基本的にランダムに起こると考えられてきました。本研究では、1細胞DNAシークエンス(注2)と細胞バーコードによるクローン追跡(注3)を組み合わせ、約10,000細胞規模でecDNAのコピー数分布を定量できる高速解析基盤を新たに構築しました。
●薬剤を加えていない通常の培養条件でも、同一のがん細胞株から樹立したクローンごとにecDNAの分配のしかたが異なり、その性質が長期間の細胞分裂を経ても安定に受け継がれることを見出しました。ecDNAの分配は「一律にランダム」ではなく、クローンごとに異なる規則性をもつことが明らかになりました。
●BET阻害剤(注4)JQ1の存在下で生き残ったクローンを遡って調べたところ、それらは治療前からコピー数が低かった細胞ではなく、むしろコピー数が高く不均一であったクローンでした。これらは治療下でecDNAの分配を不均等な方向へ作り替えており、薬剤耐性が「あらかじめ有利な細胞が選ばれる(静的選択)」だけでなく「細胞が能動的にecDNAの量を作り替える(能動的再編)」ことによっても成立することが示されました。
●この能動的再編を示すクローンで高発現していた転写因子EN2(注5)をノックダウンすると、JQ1によるコピー数低下と分配の偏りがいずれも打ち消されました。ecDNAの「分配のしくみ」そのものが、薬剤耐性を抑える新しい治療標的になりうることが示されました。
2.概要
公益財団法人がん研究会がん研究所がんエピゲノム研究部の丸山玲緒部長、柴田智華子客員研究員、宮田憲一特任研究員らの研究グループは、同研究所実験病理部の広田亨部長、野澤竜介研究員、ならびに名古屋大学大学院理学研究科の岩見真吾教授、岩波翔也講師、赤尾マルワ大学院生らとの共同研究により、がん細胞に存在する染色体外DNA(ecDNA)が、薬剤ストレスにさらされた際に「分配のしかた」自体を能動的に作り替えることを、1細胞レベルのクローン追跡によって明らかにしました。
ecDNAは染色体から独立した環状のDNAで、MYCなどのがん遺伝子を高いコピー数で載せています。染色体を娘細胞へ均等に配る仕組み(セントロメア)を持たないため、細胞分裂のたびにランダムに分配され、腫瘍内にがん遺伝子量の大きなばらつきを生み出します。このばらつきが薬剤耐性の温床になると考えられてきました。しかし、薬剤投与後にecDNAのコピー数が変化する現象が「もともと都合のよいコピー数を持っていた細胞が選ばれた(静的選択)」結果なのか、「細胞が能動的にecDNAの量を作り替えた(能動的再編)」結果なのかは、長く未解決の問題でした。
本共同研究グループは、1細胞DNAシークエンス(scDNA-seq)と細胞バーコードによるクローン追跡を組み合わせた高速解析基盤を新たに構築し、この問いに正面から取り組みました。その結果、ecDNAの分配のしかたはクローンごとに異なり世代を越えて安定に保たれること、そして少なくとも一部のクローンでは薬剤ストレス下で分配様式そのものが変化していることを示しました。さらに、その制御に関わる候補因子として転写因子EN2を同定しました。
本研究成果は、科学誌「Nature Communications」オンライン版に、日本時間2026年8月8日に掲載されました。
3.研究内容詳細
一.研究の背景
がん細胞は、増殖や生存に有利になるようにゲノムを絶えず作り替えています。その中でも近年注目されているのが、染色体から切り離された環状DNAである染色体外DNA(ecDNA)です。ecDNAはMYCをはじめとするがん遺伝子をしばしば高コピー数で保持し、多くのがん種で予後不良と関連することが報告されています。
ecDNAの特徴の一つは、細胞分裂の際に均等に分配されない点にあります。染色体はセントロメアを介して紡錘体に捕捉され娘細胞へ正確に分配されますが、ecDNAはセントロメアを持たないため、分配は基本的に確率的(ランダム)に起こると考えられてきました。その結果、同じ腫瘍の中にがん遺伝子コピー数が大きく異なる細胞が共存し、この不均一性が薬剤耐性や急速なクローン進化を可能にすると考えられています。
これまでの研究では、薬剤処理後にecDNAのコピー数が変化することが繰り返し報告されてきました。しかし、その変化が「もともとコピー数の低い細胞が選び出された」結果なのか、それとも「細胞が薬剤に応じてecDNAの量や分配のしかたを自ら変えた」結果なのかは、これまでよく分かっていませんでした。その大きな理由は技術的な制約にあります。従来のFISH(注6)による顕微鏡観察が中心の解析では、多数のクローン・遺伝子座・ストレス条件を同時に扱うことや、「どの細胞がどのクローンに由来するか」という系譜情報と結びつけることが困難でした。
二.ecDNAコピー数分布を1細胞レベルで定量する高速解析基盤の構築
共同研究グループはまず、ドロップレット型の1細胞DNAシークエンス(scDNA-seq、Tapestriプラットフォーム)に、独自設計のプライマーパネル、細胞バーコード、および正常2倍体細胞(RPE1)を基準とする統計的な正規化アルゴリズムを組み合わせ、狙った遺伝子領域のコピー数を1細胞ごとに精密に定量できる基盤を構築しました。約11,000個の細胞について、ecDNA上の領域と対照領域のコピー数を同時に測定でき、複数サンプルを1回の実験内で多重解析することも可能になりました。
この基盤をecDNA陽性のがん細胞株(COLO320DM、H2170、SNU-16)と陰性の細胞株(PC-3、COLO320HSR)に適用したところ、ecDNA陽性株ではMYCのコピー数が細胞ごとに大きくばらつく一方、染色体内に増幅を持つ株ではばらつきが小さいことが確認され、メタフェーズFISHによる検証とも一致しました。さらに、コピー数分布をガンマ分布で近似し、「平均」と「標準偏差(SD)」という2つの指標で比較することで、ecDNAの不均一性を定量的に扱う枠組みを整備しました。
三.ecDNAの「分配のしかた」はクローンごとに異なり、世代を越えて受け継がれる
ecDNAの分配が完全にランダムであれば、1個の細胞から樹立したどのクローンも似た形のコピー数分布に収束するはずです。そこで共同研究グループは、細胞バーコードを導入した細胞から単一細胞クローンを樹立し、複数クローンを同時にscDNA-seqで解析しました。
その結果、薬剤を加えていない通常の培養条件下でも、クローンごとにコピー数分布の形が明確に異なっていました。たとえばCOLO320DM由来のクローンでは、平均コピー数が同程度でも分布の広がり(SD)が大きいクローンと狭いクローンが共存していました。この違いは約18回の細胞分裂を経てもおおむね保たれ、FISHによる分裂期の観察や数理モデル(ベータ二項分布)(注7)による解析でも支持されました。すなわち、ecDNAの分配は「一律にランダム」ではなく、クローンごとに異なる規則性を持ち、それが安定に受け継がれることが示されました。
四.薬剤に生き残るクローンは、ecDNAを「作り替えて」いた
次に、複数の薬剤・ストレス条件をスクリーニングしたところ、BET阻害剤JQ1とパクリタキセルの処理により、ecDNA陽性のCOLO320DMでのみMYCコピー数の低下と耐性集団の出現がみられました。代表的な4クローンを詳細に調べると、最もコピー数が下がったクローン(EC2)が最もJQ1に耐性であり、コピー数の大小や不均一性だけでは感受性を説明できないことが分かりました。
そこで、レンチウイルスバーコードによる大規模なクローン追跡を実施しました。あらかじめ各クローンのecDNAコピー数分布を記録したうえで薬剤処理を行い、生き残ったクローンが「処理前にどのような状態であったか」を遡って調べたのです。静的選択が正しければ、生存クローンは処理前からコピー数が低いはずです。
しかし結果は逆でした。EC2では、JQ1を生き延びたサブクローンは、処理前にはむしろコピー数が高く不均一な集団でした。さらに、対照(DMSO)とJQ1で同一サブクローンを対応づけて比較すると、同じクローンの中でコピー数が処理後に低下していました。分裂期のAURKB染色とFISHを組み合わせた解析でも、JQ1処理によりEC2のecDNA分配がより不均等な方向へ変化していました。これらは、EC2の耐性が「もともと低コピーの細胞が選ばれた」のではなく、「治療下でecDNAを能動的に作り替えた」結果であることを示しています。一方、別のクローン(EC12)では静的選択に近い挙動を示し、耐性のしくみがクローンごとに異なることも明らかになりました。

図:薬剤処理下でecDNAの分配様式が変化することにより、がん細胞が生き残りやすくなるしくみの模式図。本図では、JQ1処理下ではecDNAのコピー数が1の細胞のみが生き残ると仮定している。下段のEC12では、JQ1を処理してもecDNAの分配様式は変化せず、コピー数1の細胞は2個にとどまる。一方、中段のEC2では、JQ1処理によりecDNAの分配がより不均等になり、コピー数1の細胞が3個に増えるため、生き残る細胞が多くなる。上段は無処理の状態。
五.転写因子EN2が能動的再編に関わる候補因子
EC2に特徴的な性質の分子基盤を探るため、各クローンの遺伝子発現を比較したところ、EC2では軸索伸長や神経系のシグナル伝達に関わる遺伝子群が高発現していました。これらは細胞骨格や微小管を介した細胞内輸送に関わる機能であり、セントロメアを持たないecDNAの分裂期の振る舞いに影響しうると考えられます。実際、微小管の動態をわずかに乱すノコダゾールを低用量で併用すると、EC2のJQ1感受性が顕著に高まりました。
さらに、EC2で高発現していた転写因子EN2(Engrailed Homeobox 2)をノックダウンすると、JQ1に対する感受性が部分的に回復し、JQ1によるecDNAコピー数の低下と分配の偏りがいずれも打ち消されました。数理モデルによる解析でも同様の結論が得られ、EN2はクローン固有の転写状態とecDNAの能動的再編とをつなぐ候補因子として位置づけられました。
六.今後の展望
本研究は、ecDNAが「固定されたがん遺伝子の増幅単位」ではなく、環境ストレスに応じてその量が柔軟に変化しうるDNA構造であることを示しました。薬剤耐性の成立には、あらかじめ有利な細胞が選ばれる静的選択と、細胞自身がecDNAを作り替える能動的再編という複数の様式が、状況に応じて併存していると考えられます。
今後は、EN2をはじめとする制御因子の分子機構の解明、患者由来モデルや臨床検体への展開、そしてecDNAの分配機構そのものを標的とする治療法の探索が課題となります。がん細胞がどちらの様式で薬剤に適応しているかを見極められるようになれば、ecDNAを介した治療抵抗性を先回りして防ぐ新しい戦略の開発につながると期待されます。
4.研究への支援
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の次世代がん医療加速化研究事業における研究課題「染色体外DNAの分配ダイナミクスに影響を与える分子の同定」(研究開発代表者:丸山玲緒)並びに「脳腫瘍と神経細胞のコミュニケーションの理解を基盤とした新しい脳腫瘍治療戦略に関する研究開発」(研究開発代表者:上阪直史)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP26K18692、JP24K18385、JP23KJ2162、JP25K22584、JP23K18247、JP23K27446、JP25H01036、JP24K02312、JP24H00037)の助成を受けて実施されました。さらに、日本癌学会−小林がん学術振興会、加藤記念バイオサイエンス振興財団、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団、持田記念医学薬学振興財団、および高松宮妃癌研究基金の支援を受けました。
5.用語解説
(注1)染色体外DNA(ecDNA) 染色体から独立して細胞核内に存在する環状のDNA。がん遺伝子を高コピー数で保持することが多く、セントロメアを持たないため細胞分裂時に均等に分配されない。
(注2)1細胞DNAシークエンス(scDNA-seq) 個々の細胞のDNAを別々に解読する技術。本研究ではドロップレット型のTapestriプラットフォームを用いた。
(注3)細胞バーコード/クローン追跡 個々の細胞に固有の短いDNA配列を導入して目印とし、その細胞に由来する子孫細胞の集団(クローン)を後から識別・追跡する手法。
(注4)BET阻害剤(JQ1) BRD4などのBETファミリータンパク質の働きを阻害する薬剤。がん遺伝子の転写を抑える作用を持ち、ecDNAの染色体への係留にも影響することが報告されている。
(注5)EN2(Engrailed Homeobox 2) 発生過程で働くホメオボックス型の転写因子。本研究ではecDNAの能動的再編に関わる候補因子として同定された。
(注6)FISH(蛍光in situハイブリダイゼーション) 蛍光標識したDNAプローブを用いて、細胞内の特定のDNA領域を顕微鏡下で可視化する手法。分裂期の観察によりecDNAか染色体内増幅(HSR)かを区別できる。
(注7)ベータ二項分布 分裂時に一方の娘細胞へ分配される確率自体がばらつくことを表現できる確率分布。本研究ではecDNAの分配様式を数理的に記述するために用いた。
6.参考資料(論文情報)
論文題:Plasticity of extrachromosomal DNA segregation during drug adaptation
ジャーナル:Nature Communications
掲載日:2026年8月8日
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-026-76566-5
著者:Chikako Shibata†*、Kenichi Miyata†、Marwa Akao、Kohei Kumegawa、Yumiko Maruyama、Liying Yang、Mana Nagamoto、Ryu-Suke Nozawa、Toru Hirota、Shingo Iwami、Shoya Iwanami、Reo Maruyama* (†共同筆頭著者、*共同責任著者)
著者所属機関:公益財団法人がん研究会 がん研究所 がんエピゲノム研究部/同 実験病理部/同NEXT-Gankenプログラム がん細胞多様性プロジェクト/名古屋大学大学院理学研究科/東京科学大学病院 輸血・細胞治療センター/理化学研究所iTHEMS/東京大学IRCN/九州大学マス・フォア・インダストリ研究所/京都大学ASHBi/株式会社Science Groove
【がん研究会について】
がん研究会は1908年に日本初のがん専門機関として発足して以来、100年以上にわたり日本のがん研究・がん医療において主導的な役割を果たしてきました。基礎的ながん研究を推進する「がん研究所」や、新薬開発やがんゲノム医療研究を推進する「がん化学療法センター」「がんプレシジョン医療研究センター」、さらに新しい医療の創造をする「がん研有明病院」を擁し、一体となってがんの克服を目指しています。
ウェブサイト:https://www.jfcr.or.jp/
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