【プレスリリース】ヒトのDNA複製で「誤りがちな酵素」が働く場所を解明 −DNAポリメラーゼηは複製のラギング鎖と 後期領域で働き、がんゲノムの変異分布とも関連する−
2026年10月28日
1.ポイント
●紫外線によるDNA損傷を乗り越える働きで知られるDNAポリメラーゼη(Polη:イータ)は損傷部位を読み越してDNA合成を続けられる柔軟性を持つ一方、その代償として複製精度が低く誤りを生じやすい傾向(誤りがち)にあります。本研究では、このPolηがヒト細胞の通常のDNA複製にも機能していることを発見しました。
●Polηは、DNA複製時に断続的に合成される「ラギング鎖」で優先的に働きます。また、DNA合成期の後半に複製されるゲノム領域では、その使用が増加していました。
●DNAポリメラーゼの台車の働きをするPCNAの結合はPolηのラギング鎖合成に必要であり、PCNAのユビキチン化は複製後期領域でのPolηの使用増加に必要なことがわかりました。
●がんゲノムの解析では、一部のがんでPolηが働く領域に特定の塩基置換変異が多く見られ、PCNAをユビキチン化する酵素の発現量との関連も認められました。
2.概要
公益財団法人がん研究会がん研究所のLewis Bainbridge博士研究員と大学保一プロジェクトリーダーらは、名古屋大学環境医学研究所の増田雄司准教授(広島大学兼任)、益谷央豪教授らとの共同研究により、DNAポリメラーゼη(Polη:イータ)(*)がヒトのDNA複製で機能する領域をゲノム全体にわたって同定しました。Polηは紫外線によるDNA損傷を乗り越える酵素であり、これを欠損すると紫外線損傷DNAの複製に支障をきたし、高発がん性遺伝疾患である色素性乾皮症を発症することが知られています。今回の研究により、外部から損傷ストレスを与えていない細胞でも、Polηが特にラギング鎖の合成に関与し、複製後期のゲノム領域で多く使われることを明らかにしました。
上記の結果を踏まえ、Polηによる複製がゲノム上の変異生成に関与するかどうかも検討しました。Polηは損傷を乗り越えて柔軟にDNAを合成できる反面、合成時に誤りを生じやすい酵素です。そのため、この酵素がDNA複製に関与すると、合成エラーによって変異が生じる可能性があります。がん患者由来のゲノムデータを用いて、Polηの合成に由来すると考えられる変異の分布を検証したところ、複数のがん種で、その分布がPolηの合成領域と整合することが示されました。また、PCNAのユビキチン化とPolηによる変異の増加との間に強い関連も認められました。
総じて、本研究は、誤りがちなDNAポリメラーゼPolηがヒトゲノムの複製に関与することを示しました。これらの結果は、Polηが、従来から知られているDNA損傷を乗り越える合成に加え、通常のDNA複製にも関与し、変異生成の原因にもなっていることを示唆しています。
本研究成果は、学術誌『Nature Communications』への掲載が決定しています。
3.論文名、著者およびその所属
○論文名
Strand- and replication timing-dependent functions of DNA polymerase η in human DNA replication
○掲載誌名
Nature Communications
(※2026年10月28日にオンラインに掲載されます。)
○著者
Lewis J. Bainbridge1, Yuji Masuda2,3,4, Tamiko Minamisawa1, Mami Takahashi1, Kanae Kaneko1, Chikahide Masutani2,3 and Yasukazu Daigaku1,*
○著者の所属機関
1.がん研究会 がん研究所 がんゲノム動態プロジェクト
2.名古屋大学環境医学研究所
3.名古屋大学大学院医学系研究科
4.広島大学原爆放射線医科学研究所
(*責任著者)
○DOI : 10.1038/s41467-026-78467-z
4.研究の詳細
背景と経緯
がんが進展する過程では、細胞のDNAに変異が蓄積します。その原因は様々ですが、がんで見られる変異の約3分の2がDNA複製時のエラーに由来するとされています。DNA合成を担う酵素であるDNAポリメラーゼの働きが変化すれば、複製時に生じる変異が増える可能性があります。しかし、DNAポリメラーゼの使われ方が、がんゲノムの変異にどう関わるかは十分に分かっていません。
細胞には、ゲノムの大部分を正確に複製するDNAポリメラーゼに加え、DNA損傷などによって複製が妨げられたときに働くポリメラーゼもあります。後者は損傷を乗り越えてDNAを合成できる一方、誤った塩基を取り込むことがあります。これまで、こうしたポリメラーゼについては、主にDNA損傷を乗り越える働きや、DNA修復時の穴埋めをする働きが研究されてきました。一方、外部からDNA損傷を与えていない細胞で、ゲノムのどこで使われるかは十分に明らかではありませんでした。そこで本研究では、紫外線によるDNA損傷を乗り越えるPolηに着目し、通常のDNA複製での使われ方と、がんゲノムに見られる変異分布との関係を明らかにしました。
研究内容
本研究グループは、DNA合成時にデオキシリボヌクレオチドの代わりにリボヌクレオチド(**)を取り込みやすくしたPolηの変異をヒト細胞に導入しました。取り込まれたリボヌクレオチドをDNA上の記録として読み取るPolymerase usage sequencing(Pu-seq)法を用い、PolηがゲノムDNAのどの位置で、二本の鎖のうちどちらを合成したかを解析しました。その結果、Polηがラギング鎖の合成に関与することを明らかにしました。ラギング鎖合成(***)は、DNA複製が進む向きとは逆向きに、短いDNA断片が繰り返し合成される仕組みです(図1)。
Polηがラギング鎖の合成に関わる仕組みを検証するため、DNAポリメラーゼの台車となるPCNA(****)に着目しました。PCNAは、ラギング鎖の合成を主に担うPolδを支えるタンパク質ですが、PCNAがユビキチン化されるとPolηの使用が促され、Polη自身もPCNAに結合します。実験では、PCNAのユビキチン化を妨げるとPolηによる合成のラギング鎖への偏りが弱まり、PolηのPCNA結合部位に変異を導入すると、その偏りが失われました。これらの結果は、PCNAとの結合とPCNAのユビキチン化が、ラギング鎖におけるPolηの使用を決定する因子であることを示し、また、PCNA上でポリメラーゼが頻繁に入れ替わることがPolηなどの誤りがちなDNAポリメラーゼがDNA複製に関与する原因であると考えられます(図1)。

図1 誤りがちなDNAポリメラーゼPolηがDNA複製に関与するメカニズム
本研究グループは、PolηがDNA複製のどの時期に使われるかも検証しました。ヒトゲノムには、細胞周期の前半に複製される領域と、後半に複製される領域があります。両者を比較すると、Polηは後期に複製される領域で多く使われていました(図2)。この結果は、後期複製領域で見られる変異の蓄積に、Polηなどのポリメラーゼの使われ方が関わる可能性を示しています。
さらに、Polηの使用と変異との関係を調べるため、がん患者由来のゲノムデータ(*****)を用い、Polηによる合成で生じうるAからGへの塩基置換(A>G)に着目しました。皮膚がんや胃がんなど複数のがん種では、この変異が後期複製領域に偏っていました。また、その偏りは、PCNAのユビキチン化に関わるRAD18やUBE2Aの遺伝子発現量とも関連していました(図3)。これらの結果は、PCNAのユビキチン化に依存するPolηの使用(図2)が、がんゲノムに見られる変異の分布に関わる可能性と整合します。
総じて、本研究は、DNA損傷を乗り越える働きで知られるPolηが、通常のヒトゲノムの複製にも関与することを示しました。また、複製時のPolηの使われ方が、ゲノムに生じる変異の分布に影響する可能性を示しています。このことは、生物が進化する上で、誤りがちなDNAポリメラーゼが合成の柔軟性と変異生成の二面性を持ち続けてきた結果と考えられますが、我々の体内においては、がん発生に関わる変異やがん進行の過程での遺伝的多様性の原因となることを意味しています。

図2 後期複製領域におけるPolηの合成バイアス

図3 Polηによる合成で生じうるAからGへの塩基置換の後期複製領域への偏り
今後の展開
現在までに、がん遺伝子の活性化によってDNA複製に負荷がかかった際に、Polηなどの誤りがちなDNAポリメラーゼが、がん細胞の増殖を支えることが報告されています。今後は、どのようながん種や遺伝的背景で、こうしたポリメラーゼの使用が増えるのかを検証し、さらに、その働きを抑えることでがん細胞の増殖を妨げられるかを明らかにすることで、新たな治療標的の探索につなげます。
現在のがん治療には、DNAを傷つけるシスプラチンや、DNA合成に必要な材料の産生を妨げる5-FUが用いられています。今後、DNAポリメラーゼの使われ方とこれらの薬剤の効果との関係を調べ、治療効果の予測に役立つ指標や、新たな治療法の開発につながる知見を得ることを目指します。
5.本研究への支援
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
・科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業 研究領域:塩見(美)パネル「ゲノム複製におけるDNAポリメラーゼ間の協調的機能」JPMJFR204X(研究代表者:大学 保一)
・科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ 研究領域:ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出「レプリケーター領域の構成的理解を介した染色体複製の制御技術の確立」JPMJPR18K7(研究代表者:大学 保一)
・日本医療研究開発機構(AMED)医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)日仏コンソーシアム「複製ストレスによる細胞老化とがん免疫」(研究代表者:大学 保一)
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 JP21K19203 , JP23K27156 , JP26K01989(研究代表:大学 保一)
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 JP24K18094(研究代表者:Lewis Bainbridge)
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 JP23K11418(研究代表者:増田 雄司)
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 JP26K09283(研究代表者:益谷 央豪)
・車両競技公益資金記念財団(研究代表者:大学 保一)
・内藤記念科学振興財団 研究助成(研究代表者:大学 保一)
・武田科学振興財団 ライフサイエンス研究助成(研究代表者:大学 保一)
6.用語解説・追加説明
* DNAポリメラーゼ:DNAを合成する酵素。ヒトでは16種類あり、DNA複製、修復など多岐に渡る役割を持つ。
** リボヌクレオチド:RNAを作る材料となる分子。通常、DNAは別の材料から作られるが、DNAポリメラーゼがDNAを合成する際に、デオキシリボヌクレオチドの代わりにリボヌクレオチドを取り込むことがある。
*** ラギング鎖合成:DNAを複製するとき、二本の鎖のうち一方は連続的に合成される。もう一方では、複製が進む向きとは逆向きに短いDNA断片が繰り返し作られる。この断片的な合成をラギング鎖合成と呼ぶ。
**** PCNA:三つの同じタンパク質が集まってできた、ドーナツ状の分子。DNAを取り囲みながらその上を移動し、結合したDNAポリメラーゼによる合成を助ける。PCNAに「ユビキチン」という小さなタンパク質が付くことを、PCNAのユビキチン化と呼ぶ。細胞の中ではユビキチン化がシグナルとなり様々な反応がおきる。
***** 本研究で解析したがんゲノムの変異データは、The Cancer Genome Atlas Program (TCGA)から取得した。
関連リンク
関連PDF
- プレスリリース文書
(772.1KB )









