【プレスリリース】前立腺がん診断の精度を飛躍的に高めることが可能な血液検査バイオマーカー「PSA G-Index」を開発
2019年01月23日
◇ポイント
・血清中の前立腺特異抗原(PSA)に付加されている糖鎖を独自に開発した質量分析技術を用いて詳細に解析した結果、前立腺肥大症などがんではない患者さんの血液中PSA上ではほとんど検出されず、前立腺がん患者さん由来PSAにおいて特異的に付加頻度が増加する糖鎖構造群を発見しました(マルチシアリルLacdiNAc構造)。
・この前立腺がん特異的糖鎖構造の存在量から新しい診断アルゴリズム「PSA Glycosylation Index (以下PSA G-Index)」を作製し、PSA検査で陽性(4 ng/ml以上)となっても実際は前立腺がんではない方(偽陽性)と真に前立腺がんである患者さんを極めて正確に識別することが可能となりました。
・また、前立腺がんの病理学的悪性度と特定のPSA上糖鎖の存在量が相関することから、血液検査によって前立腺がん悪性度の推定を行える可能性があることも分かりました。
・PSA低値陽性群(4〜10 ng/ml)で偽陽性が高く世界的な社会問題となっているPSA検査に対して、「PSA G-Index」診断を二次血液検査として実施すればがんではない人が不要な針生検など侵襲性の高い精密検査を受ける不利益を回避できると期待されます。
◇研究の背景と目的
前立腺がんは特に北米などで発症頻度の高いがんですが、近年日本でも前立腺がんの罹患数、死亡数が急速に増加しています。厚生労働省が2019年1月16日に発表した最新のがん統計よれば、2016年の前立腺がん罹患数は89,717人であり、男性の部位別罹患数で胃がんに続く第2位となっています。また、今後も高齢化社会の進行に伴いさらに増加するとも予測されています。
一方、前立腺がんは多くの場合比較的ゆっくり進行することや、手術や内分泌(ホルモン)療法など確立された治療法も存在するため、早期に発見すれば良好な予後が期待できるがんです。実際、PSA検査の導入によって非常に早期の前立腺がんまで検出が可能になりましたが、逆にがんではない方も多く陽性を示してしまうこと(偽陽性)が問題となっています。PSAは前立腺がんだけではなく、前立腺肥大症、前立腺炎のような他の前立腺疾患においても過剰に産生されるため、PSA検査値4〜10 ng/mlの「グレーゾーン」と言われる領域では80%程度が実際はがんではなかったという疫学データも報告されています。PSA検査が陽性となり、精密検査の受診を勧められた場合、経直腸前立腺触診や入院を必要とする前立腺針生検といった肉体的、精神的に苦痛を伴う検査を受診することとなり、がんが見つからなかった場合は受診者側にも医療者側にも不要な負担がかかります。
このような背景から、治療が必要な前立腺がん患者さんをより正確に診断できる簡便な検査法が必要とされていました。そこで、研究チームはPSA検査の精度(がん特異性)を飛躍的に高めることが可能な新規診断法を開発しようと試みました。
◇研究の成果
植田幸嗣プロジェクトリーダー(がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター)、野々村祝夫教授(大阪大学大学院医学系研究科)、及び竹内賢吾部長(がん研究会 病理部)らの研究チームは、前立腺から産生されるPSAタンパク質上の糖鎖構造が前立腺細胞のがん化によって変化するのではないかと考え、株式会社島津製作所製の質量分析装置LCMS-8060と独自の糖鎖質量分析法(エレクシム法、特許6222630号)を用いた精密定量解析を実施しました(図1)。タンパク質は機能を発揮するためにリン酸化などさまざまな修飾を受けますが、糖鎖もそのうちの1つであり、様々なタンパク質上の糖鎖構造が細胞のがん化によってダイナミックに変化することが報告されています。
図1 血中PSAタンパク質の精密糖鎖構造分析イメージ
詳細な構造解析の結果、前立腺がん患者さん由来PSA上ではシアル酸という酸性糖を多く含み、かつN-アセチルガラクトサミンとN-アセチルグルコサミンが連結したLacdiNAcという特殊な構造を有する糖鎖(マルチシアリルLacdiNAc構造)が有意に増加していることが明らかとなりました。この構造を持つ2種類の糖鎖構造の存在比率をスコア化する診断モデル(PSA G-Index)を構築したところ、PSA検査では全員陽性とされ、がんと非がん群を識別できなかった60例のうち、59例を正しく前立腺がん群と良性疾患群に判定することができました(図2)。
さらに、77症例の血清を用いてPSA上糖鎖構造が前立腺がんのグレード(悪性度)を反映しているかどうかも解析しました。上記マルチシアリルLacdiNAc構造は、前立腺生検による悪性度の指標であるグリーソンスコアと正の相関を示しました。この結果は、前立腺がんの病理学的悪性度と特定の糖鎖の量が相関することを示しており、悪性度診断の補助的な指針、もしくは予後マーカーとなりうる可能性も期待できます。
図2 PSA G-Indexによる診断能テスト
◇まとめと今後の展開
PSA検査のがん特異性を補完できる新たな糖鎖バイオマーカーを見出しました。PSA G-Index検査は血清100マイクロリットルで実施可能なため、PSA検査の残渣血清を使用した二次検査としての実施も容易です。こうした血液検査での高特異度診断が実用化されれば、PSA検査偽陽性に伴う不要な侵襲性の高い精密検査を回避でき、被験者の方々自身が肉体的、精神的苦痛から解放されるだけではなく、医療費の大幅な抑制も期待できます(図3)。今後は受託臨床検査大手の株式会社LSIメディエンス社(三菱ケミカルホールディングスグループ)と共に体外診断としての臨床実用化を目指して参ります。
本研究成果は米国化学会誌「Analytical Chemistry」オンライン版(1月23日、日本時間14時)に掲載されました。
図3 PSA G-Index検査実用化のイメージ
◇原著論文情報
・原著論文タイトル
Identification of multisialylated LacdiNAc structures as highly prostate cancer specific glycan signatures on PSA
・掲載紙名
Analytical Chemistry
・著者
芳賀淑美1, 植村元秀2,3, 馬場郷子4, 稲村健太郎5, 竹内賢吾4,5, 野々村祝夫2, 植田幸嗣1*
1 がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター がんオーダーメイド医療開発プロジェクト
2 大阪大学大学院医学系研究科 泌尿器科学
3 大阪大学大学院医学系研究科 泌尿器腫瘍標的治療学
4 がん研究会 がん研究所 分子標的病理プロジェクト
5 がん研究会 がん研究所 病理部
*責任著者:植田 幸嗣
◇本研究への支援
本研究は以下の研究費支援を受けて実施されたものです。
・文部科学省科学研究費補助金 若手研究(A)、若手研究(B)
・血清中の前立腺特異抗原(PSA)に付加されている糖鎖を独自に開発した質量分析技術を用いて詳細に解析した結果、前立腺肥大症などがんではない患者さんの血液中PSA上ではほとんど検出されず、前立腺がん患者さん由来PSAにおいて特異的に付加頻度が増加する糖鎖構造群を発見しました(マルチシアリルLacdiNAc構造)。
・この前立腺がん特異的糖鎖構造の存在量から新しい診断アルゴリズム「PSA Glycosylation Index (以下PSA G-Index)」を作製し、PSA検査で陽性(4 ng/ml以上)となっても実際は前立腺がんではない方(偽陽性)と真に前立腺がんである患者さんを極めて正確に識別することが可能となりました。
・また、前立腺がんの病理学的悪性度と特定のPSA上糖鎖の存在量が相関することから、血液検査によって前立腺がん悪性度の推定を行える可能性があることも分かりました。
・PSA低値陽性群(4〜10 ng/ml)で偽陽性が高く世界的な社会問題となっているPSA検査に対して、「PSA G-Index」診断を二次血液検査として実施すればがんではない人が不要な針生検など侵襲性の高い精密検査を受ける不利益を回避できると期待されます。
◇研究の背景と目的
前立腺がんは特に北米などで発症頻度の高いがんですが、近年日本でも前立腺がんの罹患数、死亡数が急速に増加しています。厚生労働省が2019年1月16日に発表した最新のがん統計よれば、2016年の前立腺がん罹患数は89,717人であり、男性の部位別罹患数で胃がんに続く第2位となっています。また、今後も高齢化社会の進行に伴いさらに増加するとも予測されています。
一方、前立腺がんは多くの場合比較的ゆっくり進行することや、手術や内分泌(ホルモン)療法など確立された治療法も存在するため、早期に発見すれば良好な予後が期待できるがんです。実際、PSA検査の導入によって非常に早期の前立腺がんまで検出が可能になりましたが、逆にがんではない方も多く陽性を示してしまうこと(偽陽性)が問題となっています。PSAは前立腺がんだけではなく、前立腺肥大症、前立腺炎のような他の前立腺疾患においても過剰に産生されるため、PSA検査値4〜10 ng/mlの「グレーゾーン」と言われる領域では80%程度が実際はがんではなかったという疫学データも報告されています。PSA検査が陽性となり、精密検査の受診を勧められた場合、経直腸前立腺触診や入院を必要とする前立腺針生検といった肉体的、精神的に苦痛を伴う検査を受診することとなり、がんが見つからなかった場合は受診者側にも医療者側にも不要な負担がかかります。
このような背景から、治療が必要な前立腺がん患者さんをより正確に診断できる簡便な検査法が必要とされていました。そこで、研究チームはPSA検査の精度(がん特異性)を飛躍的に高めることが可能な新規診断法を開発しようと試みました。
◇研究の成果
植田幸嗣プロジェクトリーダー(がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター)、野々村祝夫教授(大阪大学大学院医学系研究科)、及び竹内賢吾部長(がん研究会 病理部)らの研究チームは、前立腺から産生されるPSAタンパク質上の糖鎖構造が前立腺細胞のがん化によって変化するのではないかと考え、株式会社島津製作所製の質量分析装置LCMS-8060と独自の糖鎖質量分析法(エレクシム法、特許6222630号)を用いた精密定量解析を実施しました(図1)。タンパク質は機能を発揮するためにリン酸化などさまざまな修飾を受けますが、糖鎖もそのうちの1つであり、様々なタンパク質上の糖鎖構造が細胞のがん化によってダイナミックに変化することが報告されています。
図1 血中PSAタンパク質の精密糖鎖構造分析イメージ
詳細な構造解析の結果、前立腺がん患者さん由来PSA上ではシアル酸という酸性糖を多く含み、かつN-アセチルガラクトサミンとN-アセチルグルコサミンが連結したLacdiNAcという特殊な構造を有する糖鎖(マルチシアリルLacdiNAc構造)が有意に増加していることが明らかとなりました。この構造を持つ2種類の糖鎖構造の存在比率をスコア化する診断モデル(PSA G-Index)を構築したところ、PSA検査では全員陽性とされ、がんと非がん群を識別できなかった60例のうち、59例を正しく前立腺がん群と良性疾患群に判定することができました(図2)。
さらに、77症例の血清を用いてPSA上糖鎖構造が前立腺がんのグレード(悪性度)を反映しているかどうかも解析しました。上記マルチシアリルLacdiNAc構造は、前立腺生検による悪性度の指標であるグリーソンスコアと正の相関を示しました。この結果は、前立腺がんの病理学的悪性度と特定の糖鎖の量が相関することを示しており、悪性度診断の補助的な指針、もしくは予後マーカーとなりうる可能性も期待できます。
図2 PSA G-Indexによる診断能テスト
PSA検査だけではがん、非がんの判定ができなかった合計60症例のうち59例を正しく判定できた。
PSA検査のがん特異性を補完できる新たな糖鎖バイオマーカーを見出しました。PSA G-Index検査は血清100マイクロリットルで実施可能なため、PSA検査の残渣血清を使用した二次検査としての実施も容易です。こうした血液検査での高特異度診断が実用化されれば、PSA検査偽陽性に伴う不要な侵襲性の高い精密検査を回避でき、被験者の方々自身が肉体的、精神的苦痛から解放されるだけではなく、医療費の大幅な抑制も期待できます(図3)。今後は受託臨床検査大手の株式会社LSIメディエンス社(三菱ケミカルホールディングスグループ)と共に体外診断としての臨床実用化を目指して参ります。
本研究成果は米国化学会誌「Analytical Chemistry」オンライン版(1月23日、日本時間14時)に掲載されました。
図3 PSA G-Index検査実用化のイメージ
◇原著論文情報
・原著論文タイトル
Identification of multisialylated LacdiNAc structures as highly prostate cancer specific glycan signatures on PSA
・掲載紙名
Analytical Chemistry
・著者
芳賀淑美1, 植村元秀2,3, 馬場郷子4, 稲村健太郎5, 竹内賢吾4,5, 野々村祝夫2, 植田幸嗣1*
1 がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター がんオーダーメイド医療開発プロジェクト
2 大阪大学大学院医学系研究科 泌尿器科学
3 大阪大学大学院医学系研究科 泌尿器腫瘍標的治療学
4 がん研究会 がん研究所 分子標的病理プロジェクト
5 がん研究会 がん研究所 病理部
*責任著者:植田 幸嗣
◇本研究への支援
本研究は以下の研究費支援を受けて実施されたものです。
・文部科学省科学研究費補助金 若手研究(A)、若手研究(B)
関連PDF
- プレスリリース文書 (1,170.0KB )