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【ニュースリリース】白血病進展の新たな分子機構と治療標的を発見

2020年07月31日

◇ポイント
●急性骨髄性白血病の難治化に重要なHOXA9とTRIB1の作用を明らかにしました。
●TRIB1はHOXA9が結合するスーパーエンハンサーの働きを増強してERG遺伝子の発現を亢進させます。
●スーパーエンハンサーを標的とする薬剤JQ1の投与によりERGの発現が低下し、白血病の増殖が抑制されました。
●難治性の白血病の克服にTRIB1とスーパーエンハンサーを標的とする治療法が有用であることが示されました。

芳野聖子 博士研究員(がん研究会がん研究所発がん研究部)と 中村卓郎 部長(がん研究会がん研究所発がん研究部)、及び東京大学、山梨大学の研究グループは、急性骨髄性白血病の原因遺伝子であるTRIB1の新たな役割を明らかにしました。
難治性で治療抵抗性の急性骨髄性白血病症例では、しばしばHOXA9遺伝子の発現亢進が観察されます。また、HOXA9のがん遺伝子としての作用がTRIB1遺伝子により増強されることがわかっていました。HOXA9は転写因子として働き標的遺伝子の発現を調節することにより白血病を引き起こしていると考えられます。一方、TRIB1はC/EBPαという転写因子を破壊しますが、このことがHOXA9の転写調節機能に大きな影響を及ぼしている可能性が予想されました。
本研究では、マウス骨髄細胞にHOXA9遺伝子を導入して白血病細胞を作製してTRIB1の影響を調べました。TRIB1の発現により細胞増殖と白血病発症が促進されるとともに、遺伝子発現プロファイルの大規模な変化が認められました。この変化の少なくとも一部はTRIB1が引き起こしたスーパーエンハンサーの改築によるものと考えられました。スーパーエンハンサーを標的とするBRD4阻害薬JQ1により、ERGを初めとするTRIB1/HOXA9の標的遺伝子の発現低下と白血病の増殖抑制が認められました。この変化はヒト急性骨髄性白血病細胞でも共通に認められたことから、TRIB1とスーパーエンハンサーを標的とする難治性急性骨髄性白血病に対する治療が大きく期待されます。本研究の成果は、米国の医学雑誌『Blood』オンライン版(米国時間7月30日付)に掲載されました。

◇研究の背景
急性骨髄性白血病は、若年者、高齢者ともに発生が見られる血液のがんで、化学療法や骨髄移植の進歩により治療成績は向上しています。しかし、病型によって治療成績は異なり、特にHOXA9遺伝子が高発現を示す症例は、悪性度が高く難治性の症例も少なくないことが問題となっています。治療成績の向上のためにはHOXA9やその標的遺伝子の機能を標的とした治療の確立が望まれますが、現在のところ効率的な治療法は未開発です。私たちは、これまでにHOXA9の白血病誘導能を促進する遺伝子としてTRIB1を同定していますが、TRIB1を制御することが難治性の急性骨髄性白血病に対する新たな解決策になると期待して研究を計画しました。

◇研究の内容

1)TRIB1遺伝子の過剰発現はHOXA9の機能を促進する
私たちは、偽キナーゼ1)をコードするTRIB1がHOXA9と協調的に働いて白血病発症を引き起こすこと、この作用にはTRIB1によるC/EBPαの分解とMEK/ERK経路の活性化促進が重要であることを明らかにしてきました(金ら、Blood, 2007;横山ら、Blood, 2010)。しかしながら、TRIB1とHOXA9の間に直接の相互作用は認められず、協調作用の意義は不明でした。一方、HOXA9とC/EBPαは転写因子2)として、白血病細胞のクロマチン上でしばしば共存することがわかってきました。マウス骨髄細胞にHOXA9を導入することで白血病細胞を作製しましたが、この際にTRIB1の有無により白血病細胞の動態に大きな差がみられることに気づきました。すなわち、TRIB1が発現する細胞は増殖や移植による白血病発症が促進され、遺伝子発現プロファイルにも大きな変化が認められ、HOXA9による転写制御プログラムがダイナミックに変化している可能性が示唆されました。そこで、ChIP-seq法3)で解析すると、HOXA9やC/EBPαが結合する領域にあるスーパーエンハンサー4)がTRIB1の発現により変動していることを見出しました。変動する幾つかの領域の中で、今回私たちは造血に重要な役割を担っているERG遺伝子に注目しました。解析の結果TRIB1はC/EBPαの分解を介してERGの造血特異的スーパーエンハンサーを増強し、ERGの発現を亢進させることが明らかになりました。

2)ERGはHOXA9とTRIB1の標的遺伝子として白血病の増殖を促進する
ERG遺伝子は正常の造血に必要であるのみならず、ヒトの白血病の原因遺伝子としても重要です。ERGをノックダウンすると、TRIB1が存在していても白血病細胞の増殖が阻害されました。逆に、ERGを強制的に発現させるとTRIB1がない状態でも白血病細胞の増殖は促進されました。一方、ヒト急性骨髄性白血病細胞株の一部でもHOXA9とTRIB1及びERGの発現レベルは相関を示し、TRIB1のノックダウンによりERGの発現が抑制されることも確認されました。

3)BRD4阻害薬JQ1はHOXA9/TRIB1経路を標的として白血病の増殖を抑制する
スーパーエンハンサーは、がん細胞の個性を規定するとともに、その増殖や未分化性といったがんの悪性化にも深く関わっていることから、治療の標的として注目されています。スーパーエンハンサーにはBRDファミリー蛋白が豊富に結合して、標的遺伝子の発現を正に制御しています。欧米ではBRD蛋白の阻害薬を用いた白血病や悪性リンパ腫の臨床試験も開始されています。今回の研究ではBRD4阻害薬のJQ1を用いてTRIB1が増強したスーパーエンハンサーに対する阻害効果を調べました。JQ1処理によりTRIB1とHOXA9に制御されるERGを初めとする標的遺伝子の発現は顕著に抑制され、細胞増殖も抑制されました。また、細胞分化や細胞死も誘導されました。また、白血病細胞を骨髄移植されたマウスにJQ1を投与すると、白血病発症の抑制が認められ、治療薬としての効果が示されました。JQ1の効果はTRIB1とHOXA9の発現が亢進しているヒト白血病細胞でも同様に認められました。

◇まとめ
急性骨髄性白血病の患者検体ではTRIB1とHOXA9の発現は相関が認められました。TRIB1の発現はC/EBPαの分解とスーパーエンハンサーの変化を介してHOXA9を発現する白血病の悪性化に深く関与していることがわかりました。TRIB1/HOXA9の重要な標的遺伝子としてERGを同定しましたが、 ERGの発現はJQ1によるBRD4の阻害に反応し、白血病の発症や悪性化に重要な役割を果たしていることが示されました。本研究の成果から、TRIB1とスーパーエンハンサーを標的とする難治性急性骨髄性白血病に対する治療が大きく期待されます。

◇参考図


図1:HOXA9の転写プログラムに対するTRIB1の役割。TRIB1の発現のない場合はHOXA9とC/EBPαがDNA上で共存しERGの発現は低下したままの状態を保つ(上)。TRIB1が過剰に発現すると、C/EBPαが分解されてスーパーエンハンサーが形成され、ERGの発現が亢進するため白血病が悪性化する(下)。JQ1はスーパーエンハンサー機能を抑制することにより白血病細胞の細胞死や分化を誘導する。

◇用語解説
注1)偽キナーゼ(pseudokinase):
キナーゼは蛋白質のリン酸化を触媒する酵素だが、キナーゼと同様のアミノ酸配列と構造を持ちながら酵素活性に必須なアミノ酸が変異しているために、リン酸化能を失った蛋白質。HER3やJAK1/2などが知られている。TRIBにはTRIB1/2/3の3種が存在するが、全て偽キナーゼである。

注2)転写因子:
遺伝子DNAからメッセンジャーRNAを産生する転写作用を調節する因子。特異的なDNA配列に結合する領域を有していて、標的遺伝子の発現調節領域に結合し転写共役因子と会合することによって、遺伝子発現を時間的・空間的に調節している。但し、染色体上に存在するDNA配列に結合するに際しては、ヒストンの修飾状態やDNAのメチル化状態などエピゲノムの状況が大きく影響しているため、細胞種によって働きが大きく異なる。

注3)ChIP-seq法:
クロマチン免疫沈降−シーケンス法の略。転写因子やヒストン等の蛋白質に対する特異的な抗体を用いて、これらの蛋白質のクロマチン結合部位を全ゲノムレベルで網羅的に同定する方法。

注4)スーパーエンハンサー
エンハンサーは、遺伝子の転写を増強させるDNA領域で、転写因子や転写コアクティベーターが結合してプロモーターの活性を促進する。スーパーエンハンサーは、エンハンサーの中でも転写因子や転写コアクティベーターが特に密に結合する領域で、細胞の種類や分化段階に特異的に存在する。支配下にある遺伝子の発現は細胞の個性に関わることが多いため、細胞のIDを決定するとも言われる。がんの発生や維持にも重要である。

◇論文名、著者およびその所属
○論文名
Trib1 promotes acute myeloid leukemia progression by modulating the transcriptional programs of Hoxa9

○ジャーナル名
Blood

○著者
Seiko Yoshino,1 Takashi Yokoyama,1,2 Yoshitaka Sunami,1 Tomoko Takahara,1 Aya Nakamura,1 Yukari Yamazaki,1 Shuichi Tsutsumi,3 Hiroyuki Aburatani3 and Takuro Nakamura1*
* 責任著者(中村 卓郎)

○著者の所属機関
1 がん研究会 がん研究所 発がん研究部
2 山梨大学 医学部 生化学講座
3 東京大学 先端科学技術センター ゲノムサイエンス分野

◇本研究への支援
本研究は、主に下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
・文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究(A)、若手研究(B)

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