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【ニュースリリース】老化した細胞が炎症を引き起こすしくみを解明〜非翻訳RNAが炎症関連遺伝子のスイッチをオンにする〜

2021年08月24日

1.ポイント
●老化した細胞では、正常な細胞にはみられない非翻訳RNA(サテライトII RNA)※1が高発現し、炎症に関わる遺伝子のスイッチをオンにすることを発見しました。
●サテライトII RNAは染色体の形を変えることで、がんなどの病気を引き起こす炎症性遺伝子を誘導します。
●大腸がん患者の組織では、がん細胞や周囲の細胞でサテライトII RNAの発現が高いことを見つけました。
●サテライトII RNAがエクソソーム※2という小さな粒子によって周りの細胞に移動して、がんの悪性化にはたらく可能性があることから、新しいがん治療の標的として期待されます。

2.概要
がん研究会がん研究所細胞老化プロジェクトの宮田憲一(みやたけんいち)客員研究員、高橋暁子(たかはしあきこ)プロジェクトリーダーを中心とする研究グループは、老化細胞において、ゲノムDNA上の繰り返し配列(ペリセントロメア領域)から転写される非翻訳RNA(サテライトII RNA)が、ゲノムの構造維持に重要なCTCF※3の機能を阻害することで、炎症性遺伝子群(SASP因子※4)の発現を亢進するメカニズムを明らかにしました(図1)。



正常な細胞はストレスによって細胞老化が誘導されます。加齢に伴い体内に蓄積した老化細胞はさまざまな炎症性タンパク質を分泌するSASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype)をおこすことで、周囲の組織に炎症や発がんを促すことが知られています。そのため、超高齢化社会を迎えた我が国において、健康寿命延長のためにもSASP制御機構の解明は重要な課題とされています。
近年、老化細胞では染色体の構造が変化していることが観察されていましたが、その意義はわかっていませんでした。今回、本研究グループは、細胞老化によって染色体のペリセントロメア領域が開いて、この領域からサテライトII RNAの転写が亢進していることを同定しました。さらなる解析から、サテライトII RNAが染色体構造を維持するために重要なタンパク質のCTCFと結合し、その機能を阻害することで染色体相互作用を変化させ、正常な細胞ではおこらない炎症性遺伝子群(SASP因子)の転写を誘導することを明らかにしました。さらに、このサテライトII RNAはがん関連線維芽細胞(CAFs)※5で高発現しており、細胞外小胞であるエクソソームに含まれて分泌され、他の細胞へ染色体不安定性などのがん化の形質を伝搬することも明らかにしました。
本研究成果は、令和3年8月24日午前4時(日本時間)に、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America;PNAS)オンライン版に掲載されます。

3.論文名、著者およびその所属
論文名
Pericentromeric noncoding RNA changes DNA binding of CTCF and inflammatory gene expression in senescence and cancer

ジャーナル名
米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America;PNAS)

著者
Kenichi Miyata1, Yoshinori Imai1, Satoshi Hori1, Mika Nishio1, Tze Mun Loo1, Ryo Okada1, Liying Yang2, Tomoyoshi Nakadai2, Reo Maruyama2, Risa Fujii3, Koji Ueda3, Li Jiang4, Hao Zheng4, Shinya Toyokuni4, Toyonori Sakata5, Katsuhiko Shirahige5, Ryosuke Kojima6,13, Mizuho Nakayama7, Masanobu Oshima7, Satoshi Nagayama8, Hiroyuki Seimiya9, Toru Hirota10, Hideyuki Saya11, Eiji Hara12, and Akiko Takahashi1,13,14,15 *
*責任著者)

著者の所属機関
1.公益財団法人がん研究会 がん研究所 細胞老化プロジェクト
2.公益財団法人がん研究会 がん研究所 がんエピゲノムプロジェクト
3.公益財団法人がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター がんオーダーメイド医療開発プロジェクト
4.名古屋大学医学部 大学院医学系研究科 病理病態学講座生体反応病理学・分子病理診断学
5.東京大学 定量生命科学研究所 ゲノム情報解析研究分野
6.東京大学 大学院医学系研究科 生体物理医学専攻
7.金沢大学がん進展制御研究所 がん幹細胞研究プログラム 腫瘍遺伝学研究分野
8.公益財団法人がん研究会 がん研有明病院 消化器センター大腸外科
9.公益財団法人がん研究会 がん化学療法センター 分子生物治療研究部
10.公益財団法人がん研究会 がん研究所 実験病理部
11.慶應義塾大学 医学部 先端医科学研究所
12.大阪大学 微生物病研究所 遺伝子生物学分野
13.国立研究開発法人 科学技術振興機構 さきがけ
14.国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業 PRIME
15.公益財団法人がん研究会 NEXT-Gankenプログラム がん細胞社会成因解明プロジェクト

4.研究の詳細
背景と経緯
細胞老化は、生体に加わるストレス(加齢、肥満、放射線・抗がん剤療法など)によって誘導され、細胞の増殖を停止する重要ながん抑制機構の一つです。その一方で、老化した細胞は体の中で慢性炎症を誘導することで、がんを含むさまざまな加齢性疾患(白内障、動脈硬化、肺線維症など)の病態発症に深く関わっていることが知られています。老化した細胞が慢性炎症を引き起こす原因は、細胞老化に伴う炎症性タンパク質の分泌現象(SASP: Senescence-associated secretory phenotype)によるものです。そのため、SASPの制御機構を明らかにすることは、がんの発症や悪性化を予防する観点からも重要な課題とされています。近年、老化細胞では染色体構造の異常が起きていることが観察されていましたが、この意義はほとんど明らかになっていませんでした。本研究グループは、老化細胞でおこる染色体構造の異常がSASPと関連があるのではないかと仮説を立てて研究を進めました。

研究内容
まず、ヒトの正常な細胞に老化を誘導した時に染色体の構造が変化するゲノムDNA領域が16,325箇所あることを同定し、この領域から転写される652のRNAを解析したところ、非翻訳RNAの一種であるサテライトII RNAが老化細胞で顕著に高発現していることを見出しました。このサテライトII RNAを若い細胞に発現させると、炎症に関わるSASP遺伝子領域の染色体構造の変化と遺伝子発現が誘導されました(図2)。一方、老化細胞でサテライトII RNAを阻害するとSASP遺伝子群の発現が抑制されたことから、サテライトII RNAが炎症を誘導する機能をもつことが示されました。



次に、サテライトII RNAが染色体構造を変化させるメカニズムを明らかにするために、サテライトII RNAが細胞内で相互作用するタンパク質を探索し、ゲノムの構造維持に重要なCTCFを同定しました。そして、サテライトII RNAがCTCFに結合してその機能を阻害することで、炎症に関わる遺伝子領域の染色体構造を変化させることが示唆されました(図1、2)。
さらに老化した細胞では、エクソソームなどの細胞外小胞(EVs: Extracellular Vesicles)の分泌も亢進していることから、老化細胞が分泌したEVsを解析した結果、その中にサテライトII RNAが多く含まれることを発見しました。また、老化細胞が分泌したEVsもしくはサテライトII RNAデザイナーエクソソーム※6を取り込んだ細胞では、炎症性遺伝子群の発現上昇と染色体の異常が誘導されることを見出しました。これらの結果から、サテライトII RNAがEVsに含まれて細胞外へと分泌され、周囲の細胞のがん化を促す可能性が示されました。
最後に、サテライトII RNAとがんとの関連性を明らかにする目的で、がん研究会有明病院の大腸がん患者の手術検体を用いて、RNA-in situ hybridization※7を行った結果、正常上皮細胞と比較して大腸がん細胞ではサテライトII RNAの発現が亢進していることを見出しました。さらに興味深いことに、正常な線維芽細胞と比較して、がん関連線維芽細胞(CAFs)においてもサテライトII RNAを高発現していました(図3)。



これらの結果は、がん微小環境において、サテライトII RNAを高発現している間質細胞は炎症性タンパク質やサテライトII RNAを含むエクソソームを分泌することで、大腸がんの発症や悪性化に関与している可能性を示唆しています。
以上の結果より、体内で老化した細胞ではサテライトII RNAがCTCFの機能を阻害することで、炎症に関わる遺伝子の発現を誘導することが明らかとなりました。がん微小環境においてサテライトII RNAを高発現している間質細胞では炎症性タンパク質やEVsの分泌が亢進しており、これが発がんを促すという新たな可能性が示されたことから、今後このメカニズムを標的とした新しいがんの予防法・治療法の開発が期待されます。(図4)。



5.本研究への支援
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
・国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)さきがけ「遊離核酸断片の生体機能の解明と制御法の開発(研究代表者:高橋暁子)」
・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「個体の機能低下を引き起こす細胞老化の不均一性の解明(研究代表者:高橋暁子)」
・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)日本医療研究開発機構老化メカニズム・制御プロジェクト「老化研究推進・支援拠点の形成(研究代表者:鍋島陽一)」
・国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット「生体内ネットワークの理解による難治性がん克服に向けた挑戦(プロジェクトマネージャー:大野茂男)」
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 基盤研究(B)「腫瘍微小環境における細胞質核酸センサーの機能解析(研究代表者:高橋暁子)」
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 若手研究「がん細胞が細胞老化様の形質を獲得し、悪性化する分子メカニズムの解明(研究代表者:宮田憲一)」
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 若手研究「乳がん細胞における老化様エピゲノム異常がもたらす悪性化機構の解明(研究代表者:宮田憲一)」
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 特別研究員奨励費(PD)「細胞老化特異的なノンコーディングRNAによる腫瘍発症メカニズムの解析(研究代表者:宮田憲一)」
・公益財団法人高松宮妃癌研究基金
・公益財団法人三菱財団
・公益財団法人武田科学振興財団

6.用語解説
(※1)サテライトII RNA
ゲノムの約3%程度を占める単純反復配列であるサテライトDNA領域に由来する非翻訳RNA(タンパク質へ翻訳されないRNAの総称)の一種。サテライトII領域は、一部の染色体のペリセントロメア(染色体の長腕と短腕が交差するセントロメア領域の近傍)領域に存在し、通常はヘテロクロマチン(高度に凝集したクロマチン構造)化により、その転写は抑制されている。

(※2)エクソソーム
細胞質の多胞性エンドソームが細胞膜と融合して分泌される直径50~150 nm程の細胞外分泌膜小胞の一種。老化細胞やがん細胞ではその分泌量が亢進していることが明らかとなっている。

(※3)CTCF(CCCTC-binding factor)
ゲノムの一部をループで区切り、特定の領域を他領域から隔てることで、遺伝子発現を適切に維持するためのインシュレーター(区切り壁)として機能するタンパク質、CCCTC結合因子の略称。また、特定のプロモーター領域に結合し、エンハンサー領域(遺伝子から離れた位置で遺伝子の転写効率に関わる制御領域)を引き寄せることで、遺伝子発現を制御していることも知られている。CTCF遺伝子に変異が入ったマウスでは、がんが頻発し、生存期間が短くなるため、がん抑制遺伝子として機能していることも知られている。

(※4)SASP因子
老化した細胞は、サイトカイン、ケモカインなどのさまざまな炎症性タンパク質を高発現し細胞外へと分泌している。この現象は、細胞老化随伴分泌現象SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype)と呼ばれ、分泌されるタンパク質群はSASP因子と総称されている。

(※5)がん関連線維芽細胞(CAFs)
正常な線維芽細胞は、ヒトの身体の全臓器に存在し、それらの形や構造維持に必須の役割を担うが、がんの間質(がん微小環境を構成するがん細胞を支える組織)を構成する線維芽細胞は、がん関連線維芽細胞(CAFs: Cancer-Associated Fibroblasts)と呼ばれ、がん細胞の増殖や抗がん剤治療に抵抗性を誘導し、さらに抗腫瘍免疫を抑制してがんの悪性化に働くことが報告されている。

(※6)デザイナーエクソソーム
目的とするRNAを選択的に小胞内に積み込んで作成されたエクソソーム。2018年にスイス連邦工科大学チューリッヒ校のFussenegger博士、小嶋良輔博士らによって開発された (Kojima S et al., Nature Communications 9, 1305, 2018)。

(※7)RNA-in situ hybridization
固定された組織や細胞内において、特定のRNAの分布状態を調べる方法のこと。本研究では、サテライトII RNAに相補的な標識された核酸配列(プローブ)と反応させて、名古屋大学の豊國伸哉教授らが大腸がん患者組織中のサテライトII RNAの発現の評価を行った(図3)。

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