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【ニュースリリース】ポドプラニンを標的とした新しいがん治療用ヒト化抗体の創成〜血小板凝集機構を標的としたがん治療用医薬品の開発〜

2022年04月06日

1.ポイント
●希少がんである骨肉腫をはじめとする多くのがんの細胞膜上には、ポドプラニンと呼ばれる分子が高頻度に発現しており、そのポドプラニンが血小板凝集を引き起こしている。
●ポドプラニン上の血小板凝集誘導に主要な役割を果たしているPLAG4ドメインに結合し、その血小板凝集誘導活性を阻害するヒト化中和抗体AP201を創成しました。
●ヒト化中和抗体AP201はADCC活性やCDC活性を持たないヒトIgG4サブクラスの抗体であり、本抗体を投与することにより、臨床検体より樹立した骨肉腫などの増殖と転移を抑制することに成功しました。
●ヒト化中和抗体AP201が結合する部位をマウスポドプラニン上に導入したノックインマウスでも、抗体投与に伴う毒性兆候は全く認められず、安全性が高いと示唆されました。

2.研究概要
がん研究会がん化学療法センターの藤田直也所長らの研究グループは、がん細胞によって誘導される血小板凝集誘導機構の研究を進めており、これまでに、がん細胞依存的な血小板凝集に関わる分子として世界で初めてポドプラニン分子(同定当時にはAggrusと命名)を同定していました。その詳細な解析を行うことで、PLAG4ドメインと新規に同定して命名した部位に強い血小板凝集誘導活性があること、PLAG4ドメインに結合しポドプラニンによる血小板凝集を阻害するマウス抗ヒトポドプラニン中和抗体PG4D2を樹立することに成功していました。ポドプラニン分子は、血小板上に発現しているCLEC-2分子と結合することで血小板凝集を誘導しているため、樹立したマウス中和抗体PG4D2は、ポドプラニンとCLEC-2分子との結合を立体的に阻害している中和抗体であることがわかっていました(図1)。


ポドプラニン分子は、AYA世代(15〜29歳)を好発年齢とする骨肉腫(約50〜100万人に1人という割合で発生する希少がん)でも発現が高いことが明らかとなっています。そこで、藤田直也所長ならびにがん化学療法センター基礎研究部の竹本愛主任研究助手、高木聡研究員、宇梶太雄研究員、片山量平部長らの研究グループとアピ株式会社医薬事業本部の刑部伸彦係長、柿野衛係長、高山和江課長代理(開発当時)、市原賢二部長らの研究グループが協同することで、マウス中和抗体PG4D2のヒト化に取り組み、ヒトIgG4サブクラスであるヒト化中和抗体AP201を創成することに成功しました(図1)。
日本人ヒト骨肉腫検体より樹立された臨床検体由来細胞株や公的細胞バンクより入手した細胞株を実験動物に移植し、ヒト化中和抗体AP201投与による治療実験を行ったところ、ヒト化中和抗体AP201の投与により、骨肉腫の増殖と転移が抑制することが確認され、本抗体の骨肉腫治療への応用が可能であることが示唆されました。特筆すべきは、ヒト化中和抗体AP201の認識部位をマウスポドプラニンの相同部位と置換したノックインマウス(PDPN KI/KIマウス)にヒト化中和抗体AP201を投与しても、免疫反応が正常と変わらないマウスであるにも関わらず、毒性を示すような兆候は認められず、ヒト化中和抗体AP201の安全性が高いことが示唆されています。
なお、ヒト化中和抗体AP201を共同開発していたアピ株式会社は、塩野義製薬との共同事業としてのCOVID-19に対するワクチン製造に注力することとなり、ヒト化中和抗体AP201の全ての権利(知財を含んだ今後の前臨床開発並びに臨床開発における権利)はがん研究会が承継しております。

本研究の成果は、アメリカ癌学会(AACR)の機関誌の1つであるClinical Cancer Research誌に、2022年4月5日に公開されました。

3.論文名、著者およびその所属
○論文名
Targeting podoplanin for the treatment of osteosarcoma

○ジャーナル名
Clinical Cancer Research
(※オンライン公開( doi: 10.1158/1078-0432.CCR-21-4509 )されました)

○著者
竹本愛1, 高木聡1, 宇梶太雄1, 刑部伸彦2, 柿野衛2, 高見美穂1, 小林麻未1, Marie Lebel1, 河口徳一3, 菅原稔3, 高山和江2, 市原賢二2, 船内雄生4, 阿江啓介4, 松本誠一5, 杉浦善弥6, 竹内賢吾6, 野田哲生7, 片山量平1, *藤田直也8 (* 責任著者)

○著者の所属機関
1.がん研究会 がん化学療法センター 基礎研究部
2.アピ株式会社 医薬事業本部
3.がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター がんゲノム医療開発プロジェクト
4.がん研究会 がん研有明病院 整形外科
5.がん研究会 がん研有明病院 サルコーマセンター
6.がん研究会 がん研究所 病理部
7.がん研究会 がん研究所
8.がん研究会 がん化学療法センター

4.研究の詳細
背景と経緯
近年のがん治療では、がんに特徴的な分子を標的とするがん分子標的治療薬や免疫細胞を再活性化する免疫チェックポイント阻害薬などの新しい薬剤による治療が中心的な役割を果たすようになってきています。一方で、こうしたがん分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬などの新しい薬剤が適応となるがん種は限られており、発生頻度が低い希少がん(定義としては、新規に診断されるがんであり年間で10万人あたり6例未満となる発症率のがんですので、日本の総人口を1億2500万人とすると年間での新規発症例は75例以下となります)を標的とした医薬品の開発がなかなか進まないという現状があります。その理由としては、希少がんであるが故に治療対象となる患者の総数が少なくて臨床試験の実施が迅速に進められないこと、また対象患者数が少なく開発費回収が困難であることなどが挙げられます。
がん研究会の藤田直也(がん化学療法センター 所長)らを中心とする研究グループは、がん細胞によって誘導される血小板凝集誘導機構に着目し、その基礎研究を続けていました。その理由は、血小板凝集に伴って血小板より放出される様々な増殖因子が、主目的である創傷治癒では無く、がん細胞の増殖に利用されるというメカニズムが存在すること、さらに、凝集した血小板によりがん細胞周囲が鎧のように覆われると免疫細胞などからの攻撃を回避できるようになること、血小板に覆われたがん細胞は血管内での血流に耐えるとともに他の細胞と付着して大きな腫瘍塊を形成するようになり、塞栓形成を介してがん転移を促進していることなどが知られている為です(図2)。


藤田直也所長らはこれまでに、このがん細胞依存的な血小板凝集にポドプラニンが関与していることを2003年に発見していました。ポドプラニンは血小板上に発現しているCLEC-2という分子と相互作用することで血小板に凝集を誘導するシグナルを伝達することが分かっています。そこでポドプラニンの分子構造を詳しく調べてCLEC-2との結合に関わる部位を探索しました。その結果、ポドプラニンには4つの血小板凝集に関わる部位(PLAGドメイン)が存在し、特にその中でPLAG4と命名した膜貫通部位に近い部位がCLEC-2との結合に主に関与していることを見出していました。そこでこのPLAG4ドメインに結合する抗体をマウスで作製したところ、作製されたPG4D2抗体はポドプラニンとCLEC−2との結合を阻害し、ポドプラニン依存的な血小板凝集を阻害(中和)できることが分かりました(図3)。


そこでポドプラニンの発現が亢進しているヒトがんを検索した結果、希少がんの一つである骨肉腫で発現亢進が認められることが分かりました。骨肉腫は、AYA世代(15〜29歳)を好発年齢とし、約50〜100万人に1人という割合で発生する非常に稀ながんです。従来型の抗がん剤治療と手術が治療の基本となっていますが、AYA世代にということで、従来型の抗がん剤治療と手術では妊孕性、晩期合併症、発育や教育等への影響が懸念されておりますし、希少がんであるがために新しいがん分子標的治療薬の開発は進んでいないという現状もあり、新しい治療法の開発が強く望まれているがんです。

研究結果
日本人骨肉腫におけるポドプラニン発現とポドプラニン依存的な血小板凝集が骨肉腫の増殖・転移にどのような影響を及ぼしているかを検討するために、がん研究会内の所内倫理審査委員会での承認の元、がん研有明病院で治療を受けた患者さんからの同意も得たうえで、バイオプシー検体や手術検体から臨床検体由来細胞株の樹立を行ないました。公的細胞バンク由来の骨肉腫株と合わせて骨肉腫におけるポドプラニン発現解析を実施しました。また、臨床検体由来の組織切片でのポドプラニン発現についても免疫組織染色法にて検討してみました。その結果、使用した11つの骨肉腫細胞株中の約6割以上でポドプラニンの発現が亢進していることが確認できました。ポドプラニン発現が高い骨肉腫では血小板凝集誘導活性が高く、その血小板凝集は@ポドプラニン遺伝子をノックアウトした株では認められないこと、APLAG4ドメインに結合するマウス中和抗体PG4D2を添加することで抑制されることなどから、骨肉腫で発現亢進しているポドプラニンには血小板凝集誘導活性があることが確認されました。さらにマウス中和抗体PG4D2を投与することで、マウスに移植した骨肉腫の増殖と転移が個体レベルで抑制されることも確認されています。
そこで、ポドプラニンを標的にした中和抗体をがん治療薬へと展開していくために、遺伝子組み換えによりマウス中和抗体PG4D2をヒト化抗体へと組み換える検討を進めました。マウス抗体をヒト化するにあたっては、ポドプラニンとCLEC-2の結合を阻害できるというマウス中和抗体PG4D2の利点を最大化するとともに予期せぬ副作用を減らして安全性を高めるために、ヒト抗体の中でもIgG4サブクラスという、ペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害剤などにも採用されているサブクラスを採用して作製を進めました。最終的に、ADCC活性(抗体依存性細胞傷害作用)やCDC活性(補体依存性細胞障害作用)が低減されたヒト化中和抗体AP201が創製できました(図4)。このヒト化中和抗体AP201は、マウス中和抗体PG4D2と遜色ないポドプラニンへの高い結合能を示すとともに、ポドプラニンとCLEC-2の結合を阻害する活性を保持していました。


作製されたヒト化中和抗体AP201を投与することで、免疫不全マウスに移植したヒト骨肉腫細胞の腫瘍増殖が抑制され(図5)、免疫不全マウスの尾静脈よりヒト骨肉腫細胞を移植した際に生じる肺転移を抑制できることも確認されています。これらの検討中にマウスの体重減少が認められることはなく、さらに、ヒト化中和抗体AP201の認識部位をマウスポドプラニンの相同部位と置換したノックインマウス(PDPN KI/KIマウス)にヒト化中和抗体AP201を単回投与した場合でも、血液学的・血液生化学的にも毒性を示すような兆候は全く認められませんでした。ノックインマウスの各臓器における病理学的な検討結果でも、異常を示すような所見は認められませんでした。我々は以前に、ヒト化中和抗体AP201の元であるマウス中和抗体PG4D2を用いてノックインマウス(PDPN KI/KIマウス)に複数回投与したのですが、その際にも血液学的・血液生化学的な検査、あるいは病理学的な検討でも異常を示すような所見は全く認められておりませんでした。そこで、今回の安全性検討の結果を合わせて考えますと、作製されたヒト化中和抗体AP201の安全性は極めて高いことが示唆されています。


今後の展望
ポドプラニンを標的とするがん治療薬はまだ実用化されていません。しかし、本研究結果などにより、骨肉腫細胞上に発現しているポドプラニンが血小板を凝集させることを起点とすることで、骨肉腫の増大や転移が促進されていることが明らかとなりました。ポドプラニンは、骨肉腫以外にも脳腫瘍・食道がん・肺扁平上皮がん・悪性中皮腫・精巣腫瘍・膀胱がんなど様々ながんでも発現亢進が認められています。よって、本研究成果で示した骨肉腫に対する治療効果は、骨肉腫以外のがんでも認められる可能性が高いと考えられます。特に、ヒト化中和抗体AP201あるいは作製元のマウス中和抗体PG4D2を免疫系が正常と同じように維持されているノックインマウス(PDPN KI/KIマウス)に投与しても毒性兆候は全く認められなかったという事実は、ヒトに対しても安全に投与できる可能性を示しており、その点でもがん治療薬としての開発可能性は高いと考えております。今後は、臨床試験を実施していただける製薬企業を探して連携することで、ヒト化中和抗体AP201をいち早く患者さんに届けられるように、臨床試験を含む開発を継続していく予定です。

5.本研究への支援
本研究は、下記機関より資金的支援などを受けることで実施されました。
●国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)
●国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)産学連携医療イノベーション創出プログラム・基本スキーム(ACT-M)
●文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「細胞社会ダイバーシティーの統合的解明と制御」
●公益財団法人 日本財団

6.用語解説
(注1) ポドプラニン
細胞膜表面上に発現している糖タンパク質であり、骨肉腫だけでなく、脳腫瘍・食道がん・肺扁平上皮がん・悪性中皮腫・精巣腫瘍・膀胱がんなどにも発現していることが知られています。現在ではポドプラニンという名称が広く用いられていますが、各々の悪性腫瘍や細胞のマーカー分子として報告されていたこともあり、AggrusやT1α、gp36、D2-40 antigen、OTS-8など様々な別名で呼ばれて報告されてきました。血小板上のCLEC-2という分子が結合相手の分子であり、このCLEC-2分子と相互作用することで血小板に対して血小板凝集を誘導しています。

(注2) PLAGドメイン
ポドプラニンのアミノ酸配列上には、アミノ酸の一文字表記でEDXXXT(Xは様々なアミノ酸が可能と思われています)と表記される配列に類似したものが、細胞外の部分に種を超えて3箇所タンデムに存在することを発見しており、それらをPLAGドメイン(PLatelet AGgregation-stimulating domain)の1番目から3番目としてPLAG1〜PLAG3ドメインと命名していました。最近になり、そのPLAGドメインに類似していて種を超えて保存されているEDXXTというEDとTの間のアミノ酸数が1つ少ない部位を見出すことに成功し、その部位をPLAG4ドメインと命名しています。このPLAGドメインはCLEC-2分子との結合に特に重要であり、ポドプラニンの血小板凝集誘導活性に主要な役割を果たしていることがわかっています。本研究成果で創成したヒト化中和抗体AP201が認識して結合するのがPLAG4ドメインです。

(注3) 抗体
抗体は免疫グロブリンという生体内に元から存在し、特定の異物を認識して結合する分子であり、免疫に関わる重要な分子です。外から生体内に侵入した異物や元からある自分自身の細胞とは異なる分子を発現する悪性腫瘍細胞やウイルスに感染した細胞に抗体が結合することで、その異物に結合した抗体が目印となってマクロファージや好中球が集まり、異物ごと貪食(ADCC活性と言います)するとともに、異物と結合した抗体は生体内にある補体と協力して細胞などを破壊(CDC 活性と言います)します。このような抗体は生体内にあるB細胞により作り出されているため、この抗体産生B細胞を大量に培養することで、目的とする異物に反応する抗体を医薬品として応用しているのが、抗体医薬品となります。

(注4) IgG4サブクラス
ヒトでは、IgA、IgD、IgE、IgG、IgMという構造上異なる5つの主要な抗体アイソタイプが存在しており、それぞれの機能などが異なっています。そのうちIgG抗体に関しては、ヒトではIgG1、IgG2、IgG3、IgG4という4つのサブクラスに分類されており、IgG1とIgG3には高いADCC活性と高いCDC活性があり、IgG2はADCC活性とCDC活性どちらも低いことが知られています。IgG4はADCC活性が極めて低く、CDC活性は無いことが知られています。そのため、IgG4サブクラスの抗体は免疫反応を誘導せず、純粋にタンパク質間の結合を阻害する(今回の場合ですとポドプラニンとCLEC-2の結合を阻害する)という利点を最大化できます。また、IgG4サブクラスの抗体は免疫反応などによる予期せぬ副作用を抑えることを目的としても用いられます。実際にIgG4サブクラスの医薬品としては、免疫チェックポイント阻害剤のオプチーボ(完全ヒトIgG4抗体)、キートルダー(ヒト化IgG4抗体)などが挙げられます。マウスIgG抗体のサブクラスの名称は異なっており、IgG1、IgG2a、IgG2b、IgG3という4つのサブクラスに分類されています。マウスIgG2aとIgG2bには高いADCC活性と高いCDC活性があり、マウスIgG3には高いADCC活性と低いCDC活性があり、マウスIgG1は、ヒトIgG4と同じくADCC活性とCDC活性はともに低いとされています。

(注5) ノックインマウス
外来遺伝子を導入したり特定の遺伝子を欠失するように改変した遺伝子改変マウスは、ある特定分子の生体内での機能解析を進める上で生物学的にも大きな貢献を果たしてきています。特にノックインマウスは、標的遺伝子の特定の位置に突然変異を起こすことや外来の遺伝子を導入した遺伝子改変マウスのことであり、特定の分子の機能や他の分子との相互作用解析などに大きな貢献を果たしています。本研究成果で用いたPDPN KI/KIノックインマウスでは、ヒト化中和抗体AP201が認識するヒトポドプラニンの配列をマウスポドプラニンの相同配列と置き換えており、そうしたノックインマウスを作製することで初めてヒト化中和抗体AP201の個体レベルでの安全性検証や機能解析ができるようになりました。

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