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【ニュースリリース】抗体医薬品の機能や安全性に重要な糖鎖構造の超高速解析技術を開発 −がん分子標的治療薬の安全性や効果の向上、安定化へ−

2022年11月08日

1.ポイント
●超臨界流体クロマトグラフィー技術と、独自の糖鎖解析技術を組み合わせることにより、新たな超高感度糖鎖定量解析技術を開発しました。
●抗体医薬品の安全性や薬物動態に影響する糖鎖構造の存在量のわずかなロット間差も高い再現性をもって高速に検出できるようになりました。
●新しい治療標的に対する抗体医薬品開発時における有効なクローンの選択や、バイオ医薬品のジェネリック医薬品の品質評価にも役立つことが期待されます。

2.概要
 抗体医薬品は、がん、炎症性疾患、自己免疫疾患など様々な疾患に対する主要な治療手段の一つであり、バイオ医薬品の中で最大、かつ最も急速に成長している分野です。抗体の糖鎖修飾は、機能だけでなく、安全性や薬物動態にも大きな影響を与える重要なファクターですが、産生細胞や細胞培養プロセスなどの様々な要因に影響されて構造が不均一なものとなることが知られています。そのため、迅速で正確な糖鎖構造プロファイリングは、抗体医薬品の創薬、プロセス最適化、製造、品質管理に不可欠です。
 がん研究会がんプレシジョン医療研究センターの芳賀淑美主任研究員、植田幸嗣プロジェクトリーダーらの研究グループは、少量の抗体医薬品から8分間の分析時間で100種類以上の糖鎖構造を精密定量解析できる技術を開発しました。
 本研究は、株式会社島津製作所、がん研究会がん研有明病院薬剤部(濱敏弘部長(研究当時))の研究グループとの共同研究で行われました。
 本研究成果は、2022年11月8日に米国化学会誌「Analytical Chemistry」オンライン版(11月8日、日本時間17時)に掲載されます。

図1. 抗体医薬品の精密糖鎖定量構造解析

3.論文名、著者およびその所属
○論文名
Fast and ultrasensitive glycoform analysis by supercritical fluid chromatography-tandem mass spectrometry
○掲載誌名
Analytical Chemistry
(※2022年11月8日にオンラインに掲載されます。)
○著者
Yoshimi Haga1, Masaki Yamada2, Risa Fujii1, Naomi Saichi1, Takashi Yokokawa3, Toshihiro Hama3, Yoshihiro Hayakawa2, and Koji Ueda1*
(*責任著者)
○著者の所属機関
1.(公財)がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター がんオーダーメイド医療開発プロジェクト
2.(株)島津製作所
3.(公財)がん研究会 がん研有明病院 薬剤部
○DOI
10.1021/acs.analchem.2c01721

4.研究の詳細
背景と経緯
 抗体医薬品(治療用モノクローナル抗体)は、様々ながんや慢性疾患の治療に使用されています。その効果や安全性の高さから、世界における医薬品販売額の上位を多くの抗体医薬品が占めるほど市場規模の大きな医薬品カテゴリーとなっています。また、現時点で450種類以上の抗体医薬品が第1相試験、300種類以上が第2相試験中であるなど、新しい抗体医薬品の研究開発も加速しています。これらの抗体医薬品のほとんどはガンマイムノグロブリン(IgG)タンパク質で、重鎖のFc領域のアスパラギン残基(297残基目)に2つのN型糖鎖※1が結合しています(図2)。タンパク質は機能を発揮するためにリン酸化などさまざまな修飾を受けますが、糖鎖もそのうちのひとつです。たとえば、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)を持つ抗体医薬品においては、ある特定の糖鎖構造を持つと効果が大幅に増強されることが知られており、この性質を利用した製品がすでに上市されています。一方で、抗体医薬品は動物細胞や昆虫細胞を用いて製造されるため、本来ヒトには存在しない糖鎖構造が付加されてしまうことがあり、それが安全性に影響することが問題視されています。したがって、抗体医薬品の効果や安全性を制御するためにはこの糖鎖構造を正確に把握することが重要ですが、既存の分析技術では多大な時間を要する上に含有量の多い限られた種類の糖鎖構造しか検出することができませんでした。

図2. 抗体医薬品の糖鎖修飾が機能に及ぼす影響
抗体医薬品は、重鎖のFc領域のアスパラギン残基(N)に2つのN型糖鎖が結合している。

研究内容
 本研究グループは、医薬品の品質評価をルーチンに行うだけのスループット、感度、定量性、再現性、構造分析能を兼ね備えた新たな技術を開発しようと試みました。本技術では、同グループが独自に開発した糖鎖分析法(エレクシム法※2、特許6222630号)を超臨界流体クロマトグラフィー質量分析法※3(SFC-MS)に統合した、新しい分析技術を構築しました(SFC-エレクシム法、特願2021-138767)。
 本開発技術を用いて、現在がんの診療で用いられている抗体医薬品5種類の糖鎖構造を解析したところ、わずか8分間の分析時間で計102種類の糖鎖構造が検出され、アトモル(10-18モル)オーダーという超高感度と、従来法を大幅に上回る定量濃度幅(ダイナミックレンジ)を達成しました。
 この方法により、既存の方法では検出できなかった様々な抗体医薬品上糖鎖の構造的特徴やロット間の不均一性を解析することが可能となりました。たとえば、「ハイマンノース型」と呼ばれる糖鎖が付加した抗体医薬品は血液中から選択的に排除されることが報告されています。このような薬物動態に大きな影響を与える可能性のある構造のわずかなロット間差であっても、我々のSFC-エレクシム分析法で検出することができるようになりました(図3)。

図3. 抗体医薬品ロット間差の検出
ハイマンノース型糖鎖をもつ抗体は血中クリアランスが早いことが知られている。

今後の展開
 本研究で分析の対象とした抗体医薬品以外にも、あらゆるバイオ医薬品の開発において糖鎖修飾の制御は非常に重要です。我々のSFC-エレクシム法は、すでに上市されているバイオ医薬品の製造過程における品質評価だけでなく、新しい治療標的分子に対する抗体医薬品開発時における有効なクローンの選択や、ジェネリック医薬品の品質評価を合理的なスループットで実現することにも威力を発揮すると考えられます。
 さらに、単一細胞の糖鎖プロファイル解析や少量の臨床検体からの糖鎖バイオマーカーの同定など、今後様々な革新的基礎研究の加速に貢献できることが期待されます。

図4. 5種類の抗体医薬品糖鎖プロファイルの主成分分析
産生細胞が同じでも、培養条件の違いなどによってそれぞれ固有の糖鎖プロファイルをもつ。ジェネリック医薬品の品質評価にも役立つと考えられる。

5.本研究への支援
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 糖鎖利用による革新的創薬技術開発事業 「Erexim法と超臨界流体クロマトグラフ質量分析による高速高分解能糖鎖構造一斉定量法の開発(研究代表者:植田幸嗣)」
・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 次世代がん医療加速化研究事業(P-PROMOTE)「糖鎖プロファイリング技術を基盤とした免疫チェックポイント阻害剤効果予測モデルの確立を目指した研究(研究代表者:芳賀淑美)」
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 JP19K06553

6.用語解説
(※1)N型糖鎖
糖鎖とは、ブドウ糖などの単糖が鎖のように数個から数十個連なったものです。糖鎖修飾は、タンパク質の修飾構造のひとつであり、タンパク質の機能や安定性に大きな影響を与えます。この糖鎖のうち、タンパク質中のアスパラギン残基(Asn、またはNと表記)に付加されるタイプの糖鎖をN型糖鎖と呼びます。
(※2)エレクシム法
質量分析計を用いて、目的のタンパク質にどのような構造の糖鎖がどの位の比率で結合しているかを高速に解析する技術で、国内外における特許登録の後、株式会社島津製作所からErexim™ Application Suiteソフトウェアとして上市されています。
(※3)超臨界流体クロマトグラフィー質量分析法
超臨界流体とは特定の温度と圧力下において気体と液体、両方の性質を示す物質の状態です。気体のように粘度が低く、拡散性が高いなど、質量分析計で分析する前の試料を高速、精密に分離することができ(超臨界流体クロマトグラフィー)、結果的に超高感度、高速な解析が可能となります。本研究では加温、加圧した二酸化炭素を超臨界流体として用いて糖鎖を溶解し、試料分離、質量分析を行うことを可能としました。

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