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【プレスリリース】RNA転写の終わりとがん細胞の増殖の密な関係 ~転写と複製の衝突を誘導するがん治療戦略への発展に期待~

2026年02月20日

◆ポイント
@機能的な遺伝子発現には、RNA転写がゲノム上の正しい位置から開始し、適切な位置で終結する必要がありますが、開始と比較して終結制御は研究が進んでいませんでした。本研究では、転写終結がいかに細胞の機能維持に重要であるかを明らかにしました。

A転写開始直後に重要な因子として知られていた因子NELFを欠失させると、転写終結が乱れることと、該当ゲノム領域でのDNA複製効率が低下し、細胞増殖の停止が観察されました。本研究ではさらに踏み込んで、転写終結と細胞増殖の関連を詳細に明らかにしました。

Bこれらの知見は、転写終結と細胞増殖の関係を理解する基盤となり、将来的ながん研究や創薬標的探索につながることが期待されます。

◆概要
ゲノムには生物の設計図となる遺伝情報が含まれています。ヒトゲノムは一細胞あたり約30億塩基対と膨大で、その中におよそ2万個の遺伝子がコードされています。しかし、1つの細胞が特定の性質や機能を保つために主に使う遺伝子はその一部(数千〜多くても1万程度)で、RNAポリメラーゼII (Pol II)はその細胞に必要な遺伝子をDNA上で読み取り、RNAとして写し取り(転写)ます。1つの遺伝子として転写される範囲は多くが数万塩基対程度で、「読み始め(開始)」と「読み終わり(終結)」が決まっています。Pol IIが異常な位置で転写の開始や終結を起こさないよう、複数の因子によって精密に制御されています。しかし、がん細胞においては転写制御の破綻がみられることが知られており、その多くが、がんの増殖にとって都合の良いように変化しています。しかし、転写制御がいかに細胞増殖に関連するのか、その分子メカニズムは未だによくわかっていません。

今回、九州大学生体防御医学研究所の野島孝之准教授のグループ(中山千尋大学院生とQi Fang博士研究員)、公益財団法人がん研究会がん研究所の大学保一プロジェクトリーダーのグループ、英国レスター大学のMichael Tellier講師のグループ、および米国Northwestern大学のAli Shilatifard教授のグループで構成される国際研究チームは、新規の転写終結因子を発見し、さらに転写終結制御の破綻が細胞増殖を停止させる分子メカニズムを明らかにしました。本研究では、複数の転写因子に着目し、大腸がん由来の培養細胞を用いて、新生RNA解析(※1)により転写プロファイルを明らかにしました。その結果、転写抑制因子NELFを消失した細胞では、本来の遺伝子の終結位置を通り越してPol IIが転写を続ける「転写終結破綻」が起きることを発見しました。さらに、止まらなくなったPol II は本来Pol IIが転写をすることが想定されていない領域にまで侵入することで、DNA複製を阻害し、結果的に細胞増殖が停止することを見出しました。本成果は、今まで知られていなかったNELFの転写終結における役割を明らかにし、NELFが転写と複製の衝突を防ぐ役割を持つことを示しました。がん細胞は特定の転写制御に強く依存する場合があり、この依存性は治療標的の候補になり得ます。今後は、どのタイプのがんでNELFへの依存が強いのか、NELFや関連因子を操作したときに正常細胞への影響をどこまで抑えられるのか、といった点を検証することで、転写と複製の衝突を抑える新しい治療戦略の基盤につながることが期待されます。

本研究成果は欧州分子生物学機構が出版するドイツの科学雑誌、EMBO Reportsに[2026年2月20日(金)午後7時(日本時間)]に掲載されます。

◆研究者からひとこと
私たちのラボは、転写装置Pol IIから産生されたばかりのRNA(新生RNA)に注目し、オリジナルの解析法を用いてRNA転写の制御機構を研究しています。本研究では、大規模転写解析の専門家であるMichael Tellier 講師とDNA複製の専門家である大学保一プロジェクトリーダーとの共同研究により、転写終結の乱れがDNA複製や細胞周期に影響することを明らかにしました。転写の基本原理は多くが解明されてきた一方で、がん、老化、ウイルス感染といった細胞ストレスで生じる「転写制御の破綻」が細胞全体の機能にどう波及するのかは、まだ分からない点が多いと考えています。今後も、転写の異常が細胞運命に与える影響を、分野横断的に解き明かしていきたいです。将来的に病気の治療法への応用につながることを期待しています。(野島 孝之)

◆研究の背景と経緯
細胞のがん化や老化には、ゲノム構造の変化、遺伝子変異に伴うタンパク質機能の異常、ミトコンドリア機能の低下など、さまざまな要因が関わることが知られています。一方、ここ数年の研究から、RNA転写制御の異常が細胞機能の変化と関連することが報告され、転写という過程そのものが改めて注目されるようになっています。ただし、これまで注目が集まりやすかったのは、転写の開始がどのように制御されるか、あるいはRNA合成がどの程度の速度で進むかといった「転写開始」や「転写伸長」に関する研究でした。これに対して、転写がどこで止まるべきか(転写終結)の制御は、相対的に十分に理解されていませんでした。その背景には、ヒトゲノムプロジェクトにより明らかになった「遺伝子の領域」と、Pol IIが実際にRNAの合成を止める位置(転写終結位置)が一致せず、転写終結位置を網羅的に捉える技術的な難しさがあったからです。本研究では、複数の転写因子を欠失した条件で、新生RNA解析手法により転写終結位置を網羅的に調べました。驚いたことにNELFの欠失により、転写の終結制御が破綻し、本来の範囲を超えて大規模な転写の伝播が生じていることがわかりました。
転写が本来の範囲を越えて進むことは、DNA複製の観点からも望ましくない可能性が指摘されていました。本研究チームの大学保一プロジェクトリーダーは、DNA複製の開始領域とゲノムの転写活性が相互に排他的であることを明らかにし、転写と複製の「棲み分け」がゲノム情報の安定性に重要であることを示唆していました。実際に、Pol IIがゲノム上で停滞したり、転写と複製が同じDNA上で干渉し合ったりすると、転写と複製の衝突が生じ、細胞に大きな負荷やゲノム不安定化につながり得ることが報告されていました。
そこで、本国際研究チームの共同研究により、転写終結制御が破綻した細胞において、DNA複製への影響を詳しく調べ、細胞増殖機能との関連の解明に取り組みました。

図1. 遺伝子領域とRNA転写領域、DNA複製領域の棲み分け

◆研究の内容と成果
本研究グループはまず、11種類のがん組織と対応する正常組織のトランスクリプトーム解析(※2)を行い、Pol IIの転写制御因子や細胞周期制御因子の遺伝子発現が、がんと正常でどのように変化しているかを調べました。その結果、11種類のがん種の中でも大腸がんにおいて、転写開始の制御に関わる因子として知られるNELFの遺伝子発現が、正常大腸組織と比べて約2倍に増加していることが分かりました。さらに大腸がんでは、細胞増殖を抑える因子の発現が低下していました。これらの結果は、大腸がんにおいてNELFの高発現が、増殖に有利な転写・細胞周期の状態と関連する可能性を示唆します。
次に本研究グループは、ヒト大腸がん由来の培養細胞株においてNELFを人為的に欠失させ、細胞増殖や細胞周期(※3)に与える影響を調べました。その結果、NELFを失った細胞は増殖が著しく低下し、細胞周期解析ではS期に進む細胞が減少してG1期に偏る変化が見られました。これは、G1期からS期への移行が進みにくくなることを示しています。

この増殖低下の原因を探るため、本研究グループは新生RNA解析により、転写の状態を詳しく解析しました。すると、NELF欠失による変化は転写開始周辺にとどまらず、大規模な転写終結の乱れを引き起こしていることが明らかになりました。さらに、遺伝子間領域にある複製開始領域まで転写が進行し続けることによって、転写装置Pol II とDNA複製に関わる因子群(PCNAやMCM2)が近づき、DNA複製の効率を下げる要因となることが分かりました。これらの結果から、NELF欠失によって転写と複製が同じゲノム上で干渉しやすい状態が作られ、DNAがダメージを受ける可能性が示唆されました。実際に、NELF欠失細胞ではDNA損傷レベルの増加が検出されました。以上から、NELFは転写終結の効率を促進する因子であり、転写と複製の衝突を抑えることで、細胞周期の進行とゲノム安定性の維持に寄与していると考えられます。

◆今後の展開
本研究成果は、転写終結の制御が細胞機能の維持と密接に関わる可能性を示すものであり、がん細胞や老化細胞における転写異常を理解する上で、転写終結という視点の重要性を提示します。今後、転写開始や伸長速度に加えて転写終結に着目した解析を進めることで、細胞機能の破綻に至る分子基盤の理解がさらに深まることが期待されます。
今回、がん組織と正常組織のトランスクリプトーム解析から、大腸がんではNELFの発現が高い傾向が示されました。これらの所見は、大腸がん細胞が転写制御因子NELFに依存して転写プログラムや増殖を維持している可能性を示唆します。本研究は、NELFが転写終結制御に関与することを明らかにするとともに、NELFを介した転写終結制御の破綻がDNA複製や細胞周期に影響し得ることを示しました。これらの知見は、NELFおよび転写終結機構を、将来的ながん研究における治療標的の候補として検討するための基盤となることが期待されます。

◆用語解説
※1) 新生RNA解析
細胞核の中で転写された直後の「生まれたばかりのRNA(新生RNA)」を調べる方法。RNAはDNAから転写された後、さまざまなプロセシングを受けて成熟し、定常状態RNAとなったのち、細胞質へ輸送され、その情報がタンパク質へと翻訳されます。プロセシングを受けた後の定常状態RNAを調べる方法(トランスクリプトーム解析)では、転写の分子機構を明かにすることはできません。一方で、新生RNA解析では遺伝子の転写レベルやダイナミクスを直接的に捉えることが可能です。私たちのラボでは、mNET法やPOINT法といった新生RNA解析法を独自に開発しています。


(※2) トランスクリプトーム解析
細胞や組織における、遺伝子転写産物の定常状態レベル(遺伝子発現量ともいいます)を網羅的に調べる方法。この点において、転写レベルを調べる新生RNA解析とは異なります。トランスクリプトーム(transcriptome)は、transcript(転写産物=RNA)と、全体を表すラテン語の接尾辞 -ome を組み合わせた言葉で、細胞の中で作られているRNAの“全体像”を指します。上述のように、ヒトの遺伝子はおよそ2万個存在しますが、細胞や組織ごとに転写される遺伝子の種類やその発現量も異なります。そのため、トランスクリプトーム解析は、細胞の性質を知る上で重要な手法の一つとなっています。特に正常組織とがん組織のトランスクリプトームデータを比較することで、がんの特徴を推測することができます。

(※3) 細胞周期
細胞が成長してDNAを複製し、2つの細胞に分裂するまでの一連の流れ。細胞周期は大きく4つの段階に分かれます。G1期はDNA複製に向けて準備をする時期です。S期はDNAを複製してコピーを作る時期です。G2期は複製が終わったDNAを点検し、分裂の準備を整える時期で、M期は実際に細胞が分裂して2つに分かれる段階(核分裂と細胞質分裂)です。

◆謝辞
本研究は、英国Royal Society ISPF UK-JAPAN (ICA/R1/231018) 、英国MRC (MR/W007002/1)、科研費(JP19K24692, JP24K01957, JP23H02463, JP25KJ1964)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業 (JPMJFR2050, JPMJFR204X)、次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP213600)、武田科学振興財団、内藤記念科学財団、アステラス病代謝研究会、上原記念生命科学財団、第一三共生命科学研究振興財団、新日本先端医療研究財団、金原一郎記念医学医療振興財団、三菱財団、住友財団、高松宮妃癌研究基金、ノバルティス科学振興財団、持田記念医学薬学振興財団、リカケンホールディングス、ならびに九州大学高深度オミクスサイエンスセンターからの支援を受けました。順不同。

◆論文情報
掲載誌:EMBO Reports
タイトル:NELF prevents transcriptional readthrough into DNA replication zones in cancer cells 著者名:Chihiro Nakayama, Qi Fang, Yasukazu Daigaku, Yuki Aoi, Shoko Ito, Mami Takahashi, Reo Shimatani, Tamiko Minamisawa, Yagiz Ozturk, Hiroshi Kimura, Ali Shilatifard, Michael Tellier, and Takayuki Nojima
DOI:10.1038/s44319-026-00700-z

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