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がんと遺伝

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目次

Chapter.1: がんの遺伝と家族性腫瘍

現在、日本人2人に1人ががんに罹患します。生涯、何らかのがんに罹患するリスクは男性で53.6%、女性で40.5%とされています(「がんの統計2010年度版」)。ご家族の中にがん患者さんがいる方は少なくないと思います。自分の家系はがん家系なのではないかと心配されている方も多いのではないでしょうか。
「家族性腫瘍」とは、家族に腫瘍(がん)が集積して発生する腫瘍性疾患と定義されています。このうち、1つの病的な遺伝子の変異が親から子へ伝わることにより遺伝的にがんに罹患しやすくなり、その素因をもとに発症する疾患を特に遺伝性腫瘍症候群と称します。現在、医療の現場で遺伝子検査や対策の実践が可能なのは家族性腫瘍の中でも特に遺伝性腫瘍症候群です。例えば大腸がんの場合は約25%が家族集積性のがんであり、遺伝性と考えられるがんは5%程度とされています。

遺伝とがんについてのグラフ
図.大腸がんにおける遺伝性腫瘍症候群と家族集積性を認めるがんの割合

それではどのような方が遺伝性腫瘍症候群を考慮されるのでしょうか。
一般的に遺伝性腫瘍症候群の家系には、次の三つの特徴があります。

  • 若くしてがんに罹患した方がいる
  • 家系内に何回もがんに罹患した方がいる
  • 家系内に特定のがんが多く発生している

遺伝性腫瘍症候群の中で、以下に家族性大腸腺腫症(ポリポーシス)リンチ症候群遺伝性乳がん・卵巣がんの3つの疾患について取り上げています。遺伝性腫瘍症候群の中には、臨床症状だけで診断される疾患と、遺伝子検査によって遺伝子に変化が見つかることではじめて診断される疾患とがあります。臨床症状だけで診断できるものであっても、症状がでる前に自分ががんに罹患しやすいか否かを判断するには、遺伝子検査が有用です。
がんの遺伝カウンセリングの現場では、個々の症例に応じて、がんの遺伝に関する情報の提供、遺伝子診断やがん対策のプランニングなどを扱っています。現時点では、遺伝子検査の適応となる疾患は限られていますが、治療やがん検診の方法がほぼ確立した疾患もあります。がんに罹患しやすい体質を受け継いでいたとしても、適切な健康管理により治療成績の向上が期待できる可能性があります。

これから、私たちと一緒にがんの遺伝について考えていきましょう。

まとめ がんの遺伝
家族性腫瘍:
家族に腫瘍(がん)が集積している
遺伝性腫瘍症候群:
1つの遺伝子の変化によりがんが発症しやすくなる
その特徴:
若くして発症・複数回の発症・特定の種類のがんが多発

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Chapter.2: 遺伝性大腸がん;家族性大腸腺腫症(FAP)

大腸がんを発症する遺伝性の疾患の1つに、大腸にポリープが多発する家族性大腸腺腫症(familial adeonomatous polyposis: FAP)があります。FAPは、大腸に一般に100個以上のポリープが認められ、密生型では大腸に5000個以上のポリープが発生します。診断は大腸に100個以上のポリープが見つかることでなされますが、ポリープの数が100個に満たない場合でも、軽症型であるattenuated FAP(AFAP)の可能性があります。FAPのポリープは病理学的所見から腺腫と呼ばれるタイプで、将来がん化する可能性があります。腺腫がたくさんあれば、それだけ大腸がんが発生するリスクは高くなります。
治療は原則として全ての大腸を切除して、小腸を肛門あるいは直腸に吻合する手術が行われます。大腸を全部取ってしまって大丈夫なのか、と思われるかもしれませんが、多くの患者さんでは排便回数は増えるものの、徐々に安定して社会復帰されています。FAPでは、この他に十二指腸乳頭部に腺腫やがんが発症することもありますが、これらも早期であれば内視鏡的治療が可能です。また、デスモイドという腫瘤が腹部臓器を圧排するように発育することがあります。

FAPは APCという遺伝子に変化が生じることが原因であり、この変化は親から子どもへ50%の確率で遺伝します。現在では、患者さんの血縁者に大腸内視鏡検査や遺伝子検査を行うことで、大腸がんが発症する前にFAPの診断が可能になりました。FAPの患者さん(あるいはご両親のどちらかがFAPと診断されている方)では10〜12歳からの大腸がん検診が、AFAPの場合には 18〜20歳からの大腸がん検診が勧められています。早期発見と治療法の確立により、現在ではFAPの患者さんの平均寿命は日本人の平均寿命とほぼ同じになっています。

まとめ 大腸がんと遺伝(FAPの場合)
診断:
大腸ポリープ100個以上(100個より少ない場合AFAPの可能性)
発症しやすい腫瘍:
大腸がん、十二指腸がん、デスモイド
遺伝子検査:
APC遺伝子、70%以上で変化が見つかる(AFAPは〜25%)
定期検診:
大腸内視鏡検査(10〜12歳より2年に1回、腺腫が発見されれば年1回)
治療法:
基本は大腸全切除
遺伝:
親から子どもへ50%の確率で遺伝
大腸ポリポーシスの家族歴:
大腸ポリポーシスの患者が家族にいる人は75〜80%

(詳細は専門医にご相談ください:参考文献:HFA Vasen et al., 2008)

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Chapter.3: 遺伝性大腸がん・子宮内膜がん;リンチ(Lynch)症候群 (HNPCC)

もう1つの遺伝性大腸がんとしてリンチ症候群 (hereditary non-polyposis colorectal cancer: HNPCCとも呼ばれていました)があります。リンチ症候群は、大腸がんの2〜3%を占めると考えられています。Lynch症候群は大腸がんをはじめとするがんの易罹患性症候群で、大腸のほかに子宮内膜、小腸、腎盂・尿管などにがんが発症しやすいとされており、わが国では胃がんの罹患頻度も高いことが報告されています。リンチ症候群の患者さんにおける大腸がんの平均発症年齢は45歳であり、一般における65歳よりも若い年齢になっています。
マイクロサテライト不安定性(MSI)検査という検査は、リンチ症候群のスクリーニング検査として実施する検査です。これはがんと正常の組織材料を用いて行う検査で、現在、保険適用となっています。この検査の結果、陽性(MSI-H)であった腫瘍をもつ患者さんではLynch症候群の遺伝子検査を考慮します。Lynch症候群は、MLH1MSH2MSH6PMS2の4つの遺伝子のうちの1つに変化がある場合に診断されます。この遺伝子の変化は、親から子どもへ50%の確率で伝わります。リンチ症候群と診断された患者さんの血縁者の方は、がんを発症していなくても、自分ががんを罹患しやすいかどうかを調べるための遺伝子検査が可能です。
リンチ症候群と診断されても、生涯、大腸がんを発症する確率は28〜75%(女性は24〜52%)です。また、子宮内膜がんを発症する確率は27〜71%です。また、一般にリンチ症候群の予後(手術などの治療成績)は良好であることを示す臨床データが複数報告されています。従ってリンチ症候群の患者さんに対しては、当院では診療各科が連携して早期の段階でがんを発見、治療できるような計画的なサーベイランス(がん検診)が有効であると考え、国際的なガイドラインに基づいたがん検診を実施しています。

まとめ 大腸がん・子宮内膜がんと遺伝(リンチ(Lynch)症候群(HNPCC)の場合)
診断:
遺伝子検査(MLH1, MSH2, MSH6, PMS2
発症しやすい腫瘍:
大腸がん、子宮内膜がん、胃がん(日本)、腎盂・尿管がん、小腸がんなど
定期検診:
大腸内視鏡検査(20〜25歳より1〜2年に1回)
婦人科検査(30歳から1〜2年に1回)
胃内視鏡検査(30歳から1〜2年に1回)
腹部超音波検査と尿検査(30歳から1〜2年に1回)
遺伝:
体質は親から子どもへ50%の確率で遺伝
リンチ症候群の家族歴:
大腸がんの若年発症(50歳未満)や上記HNPCC関連がんが
家系内に認められる

(詳細は専門医にご相談ください:参考文献:HFA Vasen et al., 2007)

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Chapter.4:遺伝性乳がん・卵巣がん

日本における女性の乳がん発症生涯リスクは6%であり、罹患率のピークの年齢は45歳で、欧米に比べて発症年齢が若いことが特徴です。
乳がんは以前より遺伝的な素因が発症に関係することが知られていました。母親が乳がんを発症した場合には、娘の発症リスクは一般のリスクの2倍に、母親と姉が発症した場合には、妹の発症リスクは一般のリスクの4倍になるとされています。
現在は、遺伝性腫瘍症候群としての遺伝性乳がんの原因遺伝子がいくつか明らかになっており、その中でも、BRCA1BRCA2という2つの遺伝子で、遺伝性乳がんの80%を占めると考えられています(BRCA1:50%、BRCA2:30%)。BRCA1あるいはBRCA2遺伝子に、疾患と関係する変化(病的変化)があった場合に、遺伝性乳がん・卵巣がんと診断されます。遺伝子の変化は、50%の確率で親から子どもに伝わります。遺伝性乳がんは一般の乳がんに比べて、発症年齢が低く、乳がんが両側の乳房に発症する頻度が高い(35%)、あるいは卵巣がんを発症することがある、といった傾向が見られます。ただしBRCA1BRCA2の遺伝子に変化を持っていても、生涯乳がんが発症するのはBRCA1で65〜80%、BRCA2で45〜85%ですので、発症しない方もいることになります。また、卵巣がんを発症するのは、BRCA1で37〜62%、BRCA2で11〜23%になります。男性の場合、BRCA2で乳がんの発症が6%となり、また前立腺がんの発症リスクが一般におけるリスクよりも少し上昇します。
治療(対策)として、当院では診断された方に対して、主に乳腺科、婦人科と連携して定期的なサーベイランス(がん検診)を行なっています。タモキシフェンを予防的に内服することの有効性も報告されています。また、卵巣がんは発見されにくいため、子どもを産み終えた女性に対して、卵巣を予防的に切除することで、卵巣がんの発症を抑えるという試みも行われようとしています。
遺伝子検査を受ける場合、その意義を理解して検査の前後で今後の具体的な対策を専門医と十分に話し合っておくことが大切です。

まとめ 乳がん・卵巣がんと遺伝(遺伝性乳がん・卵巣がんの場合)
診断:
遺伝子検査(BRCA1, BRCA2の2つの遺伝子)
発症しやすい腫瘍:
乳がん、卵巣がん、卵管がん
家族歴:
若年発症、両側性の乳がん・卵巣がん
定期検診:
乳腺科(25歳から年1回のマンモグラフィとMRI)
婦人科(35歳より6ヵ月毎経腟超音波+腫瘍マーカー、
予防的卵巣卵管切除も 考慮される)
遺伝:
親から子どもへ50%の確率で遺伝

(詳細は専門医にご相談ください;参考文献:NCCN, Practical Guidelines, 2010)

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Chapter.5:遺伝性腫瘍の遺伝子診断

原因となる遺伝子がわかっている遺伝性腫瘍については、理論的には遺伝子検査が可能です。
この場合、遺伝子検査は採血した検体約10〜15mlを用いて行います。血液中の白血球細胞からDNAとよばれる遺伝子の本体を抽出します。人の細胞1個には2万種類以上の遺伝子が存在します。遺伝子は、アミノ酸と呼ばれるタンパク質の基本構造の配列を決める設計図であり、これはDNAに書き込まれています。それぞれの遺伝子は、グアニン(G)シトシン(C)アデニン(A)チミン(T)と名付けられた4種類の塩基という物質の並び方によって対応するアミノ酸やその配列が指示され、働きが決まっています。遺伝子検査では、目的とする遺伝子の塩基の配列に病気と関係する変化(病的な変化)がないかどうかを調べます。遺伝子の解析はとてもたいへんな作業で、例えば遺伝性乳がんの診断で調べるBRCA1遺伝子は約6000個、家族性大腸腺腫症のAPC遺伝子は約9000個の塩基配列をチェックする必要があります。また1つの塩基配列だけでなく、塩基が大きなブロック単位で欠けているか、増えているかを調べることもあります。一方、遺伝子検査の結果の解釈は、専門的な知識を必要とします。そしてその結果については、配列の変化が病気の発症と関係しているものなのか、病的な変化が見つからなかった場合にこの結果をどのように考えればよいか、病的な変化が認められた場合は、今後の対策はどうしたらよいかなど、検査を受けた方に十分にご理解いただく必要があります。また現在の遺伝子検査ですべてが説明できるわけではなく限界があります。遺伝子検査の結果は、家系に共通の情報となるため、遺伝情報の取り扱いには特別な配慮が必要です。このように遺伝子検査は実施するときにも細心の注意が必要ですが、その後の検査を受けた検査を受けた方への医療の面と心理社会的な面のケアも同等に重要です。したがって、遺伝子検査は原則として遺伝カウンセリングの体制が整った施設で行います。

現在、まだ遺伝子検査で全てのがんの罹患しやすさを説明できるに至っていませんし、その適応は限られています。しかしながら、実施可能な遺伝子検査も増えてきています。甲状腺髄様がんや副腎の腫瘍を発症する多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2型)の原因遺伝子であるRET遺伝子の遺伝子検査は当院では先進医療で実施しています。現在では、甲状腺髄様がんの手術前に遺伝子検査を実施することにより、手術術式の治療方針を決めるための重要な情報を提供できるようになりました。さらにこの情報は血縁者の腫瘍の早期発見にもつながることが期待されます。
遺伝子の検査は採血を行うだけで実施可能ですが、遺伝子検査の意義やその限界を正しく認識して、そこで得られた情報を今後の健康管理のために適切に運用することが重要となります。

まとめ 遺伝性腫瘍の遺伝子診断
  • 多くの遺伝性腫瘍症候群では遺伝子検査が可能
  • 遺伝子検査は主に血液を用いて行われる
  • 遺伝子の塩基の並び方や、大きな欠失・重複を調べる  
    塩基:グアニン(G)、シトシン(C)、アデニン(A)、チミン(T)の4種類
  • 遺伝子検査の結果は家系に共通の情報となる
  • 結果の正しい解釈は遺伝カウンセリングの中で行う

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