頭頸部がんの低侵襲治療について
頭頸部がんの低侵襲治療について
頭頸部がんの低侵襲治療について
頭頸部がん低侵襲治療センターでは、下咽頭、中咽頭および喉頭の早期がん(表在がん)のTis、T1およびT2症例と一部のT3症例の治療を担当しております。従来、頭頸部がんはその自覚症状の乏しさから、大多数が進行がんで発見されていましたが、近年の内視鏡機器の進歩や頭頸科(耳鼻科)医および内視鏡医の意識向上もあり、早期がん(表在がん)が発見されることが多くなりました。頭頸部がんに対する標準治療は、従来外科手術および放射線治療でしたが、嚥下および発声機能の温存を重視した内視鏡切除を含む経口的切除が低侵襲な外科的療法として、その適応拡大がなされています。当センターでは、根治性を担保したまま、術後機能障害の軽減、治療期間の短縮、整容面の低下防止(首に傷をつけない)の観点から経口的切除を積極的に適応しています。表在がんに対する内視鏡下経口的切除は、食道がんや胃がんの治療での豊富な経験を応用し行っています。
当センターでは経口的切除として以下の治療を行っております。
- 内視鏡的切除術(EMR, ESDなど)
- 経口的ロボット支援手術(transoral robotic surgery: TORS)
- 内視鏡的咽喉頭手術(endoscopic laryngo-pharyngeal surgery: ELPS)
- ビデオ喉頭鏡手術(transoral videolaryngoscopic surgery: TOVS)
当センターでは、頭頸科と上部消化管内科との合同治療(seamless collaboration)として、上記治療を個々の症例に合わせて選択し、全身麻酔下で手術を行っております。
なお、経口的ロボット支援手術(TORS)が2022年4月に保険収載されました。中咽頭がんのT1およびT2症例が良い適応ですが、一部のT3症例や喉頭がんにも適応しています。ロボット支援下手術の最大の利点は、従来のTOVSと比較し良好な視野を得られ、繊細かつ正確な手術が可能であることです。当院では咽喉頭がん治療の低侵襲化のためにロボット支援手術を積極的に行っており、2022年11月に導入し、2024年は29例施行しました。
以下に当センターで行っているEMRおよびESD手技およびロボット支援手術につき解説します。
全身麻酔下に特殊な喉頭鏡(佐藤式彎曲型咽喉頭直達鏡(図1))を用いて喉頭展開を行うことは、EMRおよびESDともに共通な手技です。
EMRの代表的な手法の1つに透明プラスチックキャップを用いたEMR( Endoscopic Mucosal Resection-using a Cap fitted endoscope; EMR-C)法があります。病変が小さい場合に用いられる治療法で、簡便、短時間に安全かつ確実なEMRが可能な方法です。ただし、この方法では大きい(広範囲な)病変を一括して切除することができないことが難点です。
大きい病変に対しては、ESD(Endoscopic submucosal dissection; 内視鏡的粘膜下層剥離術)法で治療を行い、当科でも症例に応じて選択しております。また、EMR後の遺残・再発の問題もあることから、近年では、ほぼ全例でESD法により治療が行われています。

特殊な形状により内視鏡下で良好な視野を確保可能な喉頭鏡である。
ESD法の実際
当院では,Dualナイフを用いて行っています。Dualナイフを用いた切除手技の実際は以下の通りです。
- 図1. 通常(白色光)観察像です。病変は血管透見の途切れた発赤粘膜として認識されます(黒矢印)。
- 図2. 特殊光(Narrow Band Imaging: NBI)観察を行うと病変は茶褐色に描出され、視認しやすくなります。
- 図3. ヨード染色を行うと病変範囲はヨード不染帯として描出されます。ヨード染色後に切除範囲にマーキングを行います。
- 図4. 生理食塩水を用いて、マーキングの外側近傍に局注を行い、Dualナイフで全周性に粘膜切開します。粘膜切開を病変の全周に行ったのちに、上皮下層に局注を追加し、上皮下層剥離を行います。
- 図5. 経鼻内視鏡を用いて細径把持鉗子で把持を行い、視認性を向上させ上皮下層剥離を継続し、病変の切除を行います。
- 図6. 上皮下層剥離時に見られる神経(上喉頭神経内枝: 橙矢印)を温存する層で切除を行います。
- 図7. 切除後の人工的な潰瘍です。喉頭浮腫はごく軽度で声帯が視認可能であり、高度な出血などの有害事象なく手技が終了しました。
- 図8. 切除後の標本です。ヨード染色を行い病変範囲の確認を行います。その後、病理組織学的検索を行い、病変の拡がりや深達度な
どを診断します。
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図1 -
図2 -
図3 -
図4 -
図5 -
図6 -
図7 -
図8
EMR(EMR-C)法の実際
- 頭頸部表在がんは、食道がんと同様に、ルゴール(ヨード)を撒布することにより、ヨードで染色されない不染帯として、病変の範囲がより明瞭となります。ヨード不染帯を指標にして、病変の周囲に切除すべき範囲の印付け(マーキング;図1・青矢印)を行います。
- 次に、病変下に生理食塩水を注入(局所注射;局注)して病変を膨隆させ(図2)、内視鏡の先端に取り付けた透明な筒(Cap)に膨隆させた病変を吸い込み、基部をスネアと呼ばれるワイヤーで絞扼します(図3)。
- 絞扼後、高周波電流で通電切除します。
- 切除後の咽頭粘膜には人工的な潰瘍ができます(図4)。潰瘍周辺には最初につけたマーキングはなく、目的の病変が完全に切除できたことがわかります。また、切除標本をヨード染色すると、病変を肉眼的に確認できます(図5)。
- 切除後に、この標本をESDと同様に病理組織学的に調べます。
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図1 -
図2 -
図3 -
図4 -
図5
ロボット支援手術
当院では2025年4月現在、4台の手術支援ロボットda Vinci Xiを導入しており手術を行っております。
da Vinci Xiについて
da Vinciシステムはペイシェントカート・サージョンコンソール・ビジョンカートの3つの器械で構成されています。
- ペイシェントカート
サージョンコンソールで捜査している医師の手の動きを正確に再現し手術を行います。ペイシェントカートに手術に必要な鉗子を装着して使用します。人の手より大きな可動域をもつため、鉗子動作の制限がなく、手ブレ補正機能を搭載しており、人の手の動きを緻密に再現するため、正確かつ安全な体内での操作が可能です。
- サージョンコンソール
サージョンコンソールを医師が操作し手術を行います。モニターには患者さんの体内がリアルな3D立体画像で見る事が可能です。
- ビジョンカート
da Vinciシステムの監視を行います。手術を行う上で必要な映像システム・カメラの角度などをディスプレイを操作し設定します。
経口的ロボット支援手術は、従来のTOVSと同じ視野で行われ、操作がより愛護的となり、TOVSで到達できないさらに深い層までの切除が可能な治療法です。また、舌根部など内視鏡切除術での佐藤式彎曲型咽喉頭直達鏡で視野展開が困難な部位も良好な視野が得られ、治療が可能です。開口障害がないTOVS適応と考えられるT1およびT2症例の中咽頭病変には積極的に経口的ロボット支援手術を行っております。
内視鏡切除における有害事象について
2023年1月〜2023年12月に当センターで行ったESD症例105症例中、有害事象を、9症例(8.6%)に認めました。主なものは喉頭浮腫と出血で、緊急的に気管切開が必要になる場合もあり、4症例(3.8%)に気管切開を行いました。また、その内訳を以下に示します(表1)。

高度喉頭浮腫の2例および後出血の2例で気管切開施行
当センターの経口的切除術における特色
- 豊富な治療症例数
年間約100例を超える経口的切除症例があり、総数では900例を超える症例数となります。また、治療後の有害事象にも症例経験に基づき適切な対応が可能です。 - 頭頸科と上部消化管内科のseamless collaboration
両科スタッフ間は良好な関係を保って連携しており、それぞれの科内での情報共用も十分になされており,迅速な対応が可能です。 - 治療困難例にも対応
部位的に手技が困難な咽頭食道接合部の近傍の症例や放射線照射後の再発症例,また 異時性多発症例における瘢痕合併症例などの治療困難例に対しても適切な治療を提供しています。 - 臨床研究
「AMED頭頸部表在癌全国登録調査」に基づいた頭頸部表在癌に対する診断・治療法の開発に関する研究」グループにおける研究(頭頸部表在癌に対する経口的手術の第U/V相試験)や頭頸部癌根治照射後の表在性の局所遺残再発に対する経口的手術の第II相試験へ積極的な参加および症例登録を行い、先進的な医療開発に貢献しています。
治療成績
近年、喉頭温存可能な低侵襲治療である経口的切除症例は増加傾向であり、今後も増加が見込まれる治療です。最近10年間の経口的切除症例数を下記に示します。
