前立腺がん
がん研有明病院の前立腺がん診療の特徴
現在わが国において急増している前立腺がんは、その病期により多彩な病態があり、様々な治療が行われています。命にかかわるような進行癌から、治療の必要のない小さな早期がんまで、その病期に応じた過不足のない治療を行うことが、前立腺がんの治療において重要です。早期がんには機能温存と癌の根治の両立を目指した低侵襲治療を積極的に行っております。一方進行がんに対しては、手術、放射線治療、内分泌療法を組み合わせた集学的治療を行い、癌の長期抑制を目指しております。がん専門病院として、複数の低侵襲手術、放射線治療が可能な体制を整えております。
当科には多くの前立腺がんの患者さんが来院されますが、多くの治療選択肢のなかから、患者さんの希望に沿った治療を選んで頂くようにしています。これまでの多数の前立腺がんの治療経験を生かして、一人一人の患者さんに適切で丁寧な治療を提供するように心がけております。
当科の特徴
がん研有明病院における前立腺がん診断
がん研有明病院で施行している前立腺がん手術
前立腺がんの治療成績
早期がんには手術、放射線治療(小線源か外照射もしくは両者の併用)もしくは無治療経過観察(PSA監視療法)を施行し、局所進行がんには手術か外照射のいずれかに一時的ホルモン治療を加えた併用療法を施行しています。
手術と放射線の選択には患者さんの意向も考慮しますが、最近では早期がんや限局がんの増加に伴い手術と強度変調放射線治療(IMRT)を行う患者さんが増える傾向にあります。2005年から2023年までの前立腺がんHigh-riskの手術症例1463例のがん特異的生存率を下に示します。
前立腺癌のhigh-risk症例においてもがん特異的生存率は5年で99.5%, 10年で98.1%と良好です。
前立腺がんについての知識
前立腺がんとは
前立腺の解剖
前立腺は精液の一部を作る男性固有の臓器です。
図1に示すように膀胱、精嚢の前方に存在することが前立腺という名前の由来です。前立腺は尿道をぐるっと取り囲んでおり、普通は3〜4cm大のクルミの大きさです。また、直腸に接して存在し、肛門から指で簡単に触れることができるため、直腸診という診察が前立腺の病気の診断に有用です。
正常な前立腺は円錐形を呈し、主に移行域と呼ばれる内腺部と辺縁域と呼ばれる外腺部からなります。良性の前立腺肥大症は移行域から、がんの多く(約70%)は周辺域から発生します(図2)。
図1:男性骨盤の矢状断面図
図2:前立腺の矢状断面図
症状
早期がん
無症状です。前立腺がんの70%は前立腺の辺縁域(外腺部)に発生しますので、早期には全く無症状です。ただし、移行域(内腺部)に発生し、早期より症状を呈する前立腺肥大症という病気が、がんにしばしば合併して発生するので、その場合は次に述べるような症状がみられます。
局所進行がん
前立腺肥大症と同様な症状がみられます。
すなわち、前立腺が尿道を圧迫するため、頻尿(尿の回数が多い、特に夜間)、尿が出にくい、尿線が細く時間がかかる、タラタラ垂れる、尿線が中絶する、等の症状が見られます。このほか、がんが尿道、射精管、勃起神経に浸潤すると血尿、血精液(精液が赤い)、インポテンス(ED)等の症状も見られます。
進行転移がん
前立腺がんはリンパ節と骨(特に脊柱と骨盤骨)に転移しやすいがんです。
リンパ節に転移すると下肢のむくみ、骨に転移すると痛みや下半身の麻痺が生じることがあります。
診断
PSA(前立腺特異抗原)
腫瘍マーカーとして、現在、最も有用なものです。
少量の血液を検査するだけの簡便な方法です。確定的ではありませんが、PSAは前立腺がんのスクリーニング、診断はもちろん、がんの進行度の推定、治療効果の判定、再発の診断、そして予後の予測にも役立ちます。
直腸指診
古くから行なわれている診断法です。前立腺は直腸に接していますので、外側の辺縁域に好発するがんは、ある程度の大きさになれば直腸から指で診断することが可能です。
MRI検査
近年急速に進化している画像検査です。最新のMRIの使用により、高い精度で前立腺がんの描出が可能です。
生検検査
以上の3つの検査で前立腺がんの存在を疑うことができますが、確定診断のためには前立腺の組織の一部を採取し、がん細胞の存在を病理学的に証明することが必要です。
経直腸エコーで前立腺を観察しながら、組織を採取します。通常、生検検査として10本以上の組織を採取するため短期入院、麻酔(局所、腰椎あるいは全身麻酔)が必要です。当院では診断精度を高めるため、定型部位8本に加え、画像診断で異常を指摘された部位をターゲットとして1か所あたり4本ずつ、経会陰的に組織を採取します(通常8本+4本、計12本)。2023年より診断精度向上を目的としてMRI融合前立腺生検も開始し、腫瘍部位に応じて一部の患者さんには全身麻酔下に導入しております。合併症は血尿、肛門出血、血精液症などの軽度のものがほとんどですが、そのうち血尿は比較的多くの患者さんで見られます。血尿を悪化させないように数日はアルコール摂取や股間を圧迫する乗り物(自転車やバイクなど)、お腹に力がかかる動きは控えるようにしてください。だいたい2-3週間で症状は消失します。
病期診断
生検検査でがんと診断が確定したら、次に行うことは病気の進行度の診断です。治療法の決定に必須の検査です。
病期診断法
1.原発巣の進行度診断
直腸診、経直腸エコー、MRIなどで診断します。
2.リンパ節転移の診断
腹部CT、MRI、腹部エコーなどで診断します。
3.骨転移の診断
骨シンチグラム、単純X線写真、CT、MRIなどで診断します。
4.肺、肝転移などの診断
単純X線写真、CTなどで診断します。
前立腺がんの病期 (ステージ)
病期A | 前立腺肥大症に対する手術の結果、偶然発見されたがん |
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病期B | 限局がん、すなわちがんが前立腺の中におさまっている場合 |
病期C | がんが前立腺の被膜を超えて周囲脂肪組織、精嚢もしくは膀胱頚部に浸潤している場合 |
病期D | がんがリンパ節や骨、肺、肝などの遠隔臓器に転移している場合 |
治療法
以下に述べるようにいろいろな方法があります。
がんの進行度、患者さんの全身状態と意向を考慮して治療法を決定します。
外科療法
前立腺内にがんがおさまっている場合、前立腺摘除術といって、前立腺と精嚢(精子を一時的に貯留する前立腺についている器官)を全て取る出術を行います。その際に前立腺につながる左右の精管も切断します。その後、前立腺を取るために切り離された膀胱と尿道を縫ってつなぎます(これを吻合と言います)。
悪性度の高さ、PSAの値、腫瘍の大きさや広がりの程度によって同時にリンパ節郭清(リンパ管を介してがんがとびやすい骨盤内のリンパ節を採取すること)を行い、がんがリンパ節にとんでいないかどうかを調べることがあります。転移はないものの、がんが前立腺の外側まで広がっている場合は、手術の後にがんが再発するリスクを下げるために、先にホルモン治療でがんを小さくしてから手術を行うこともあります。
○術式(ロボット支援下手術)
当科では現在ほとんどの患者さんにロボット支援下手術を行っております。ただしこれまでにお腹の手術や放射線治療をしたことがあるなど、周りの臓器や組織と強くついている(癒着といいます)ことが疑われる時には開腹手術や他の治療法を提案することがあります。
放射線療法
1.外照射
当院ではリニアックを用いた強度変調照射線治療(IMRT)を行なっています。
適応は主にステージA〜Cとなります。
2.小線源治療(組織内照射)
ヨウ素125シード線源による前立腺がん密封小線源治療を行っています。前立腺がんの小線源治療参照
全身麻酔で治療を行っています。
ホルモン治療
初回ホルモン治療にはLHRHアゴニスト(注射)、手術により両側の睾丸(精巣)を摘除する外科的去勢、抗男性ホルモン(アンチアンドロゲン)剤の内服があります。
これらを併用する場合もあります。全身療法ですから転移のあるステージDが適応となります。局所進行がん(ステージC)には放射線治療とホルモン治療による併用治療を行ないます。
経過観察
なんら治療せずに厳重に経過観察のみを行なう方法です。
治療法にはそれぞれ副作用が必ず伴いますから、現在の生活の質を大切にしたい場合、がんが微少で病理学的悪性度が低い場合、症状のない超高齢者の場合などが適応となります。多くは3-6ヶ月毎のPSA採血による経過観察が中心です。病状の進行が心配される場合には治療を検討します。
化学療法
内分泌(ホルモン)療法の効果を認めなくなった前立腺がんは去勢(内分泌療法)抵抗性前立腺がん(castration-resistant prostate cancer: CRPC)と呼ばれて、抗がん剤の適応となります。現在ドセタキセル、カバジタキセルという2つの抗がん剤が保険適応となっています。
再発の診断と治療
再発にはPSA再発と臨床的再発の2つがあります。
PSA再発
治療を行い、正常化した血中PSA値が再び上昇してきた場合です。
限局がん(ステージA、B)では臨床的再発(リンパ節や骨への転移など)が見られる数ヶ月ないし数年前からみられます。PSA再発に対する標準的治療法はまだ確立していません。経過観察、放射線、ホルモン治療、化学療法などが状況(根治療法前のがんの悪性度や進行度、およびPSA上昇速度など)に応じて考えられます。
臨床的再発
限局がんでは治療後に局所再発や遠隔転移が新たに出現した場合、進行がんでは治療により落ち着いていた病巣が再び増大したり、新しい転移巣が見られた場合です。ほとんどの場合、PSAの再上昇を伴います。治療はやはり状況に応じていろいろあります。
治療の副作用と対策
手術
前立腺を取る手術を受けた患者さんの多くに主に勃起障害と尿漏れが見られます。
○尿漏れ(腹圧性尿失禁)
尿漏れについては腹圧性尿失禁といってお腹に力を入れた時に尿漏れを起こす症状です。尿漏れは3ヶ月で50-70%の人が、6ヶ月で70-90%の人が日常生活には問題ない程度まで改善しますが、ひどい尿漏れが続く時にはお薬や人口尿道括約筋という器械を用いた治療が行われることがあります。尿漏れ症状が続く場合は主治医とご相談下さい。
○勃起障害(ED)
前立腺の周囲には勃起に関係する神経があり、前立腺と一緒に神経を取った場合、勃起不全(ED)となります。神経の近くに癌がある場合に神経を温存することは難しいですが、癌の場所によっては神経を温存できる可能性もあります。ただし、この神経を温存しても必ず勃起障害は予防できるわけではありません。神経を温存できるかどうかは主治医とご相談下さい。
放射線療法
1.外照射
治療中に見られる急性期の副作用と治療後数年以上経過してから見られる晩期の副作用があります。治療後半から尿が近い、出にくいなどの排尿障害がしばしば見られます。これは一過性で、治療が終われば2〜4週程度で改善します。
晩期合併症としては放射線性膀胱炎や直腸炎による血尿、血便や痛みなどです。痔のひどい人は直腸、肛門の副作用が強くみられるようです。直腸出血が繰り返す場合や止血剤、安静で止まらない場合には直腸鏡的にレーザーを用いて止血する場合もあります。
また、射精障害はほぼ必発で、EDも徐々に増えてきます。
2.小線源治療(組織内照射)
治療直後の排尿困難は外照射より高度で尿閉状態になることもあります。排尿障害が強く出る場合があるので治療前に症状の強い方は注意が必要です。
ホルモン治療
薬剤がなんであれ、男性ホルモン欠落症状として、ED、ホットフラッシュ(ほてり:カッと熱くなり汗が出ること)、筋力低下、骨粗鬆症、メタボリック症候群、うつ状態などいろいろ見られます。
血液凝固能の亢進、これに伴い心、血管系障害が起こることがあります。