肝臓がん
がん研有明病院の肝臓がん診療の特徴
がん研有明病院の肝臓がん診療の特徴
診療
1.チーム医療
肝胆膵内科、肝胆膵外科、画像診断部や病理部などを含めた“チーム肝胆膵”として、患者さんに適した治療を考え、提供します。特に内科と外科は同じ病棟に勤務しており、常に情報交換しながら診療を行っています。
2.診断、治療
肝細胞癌の治療は、開腹・腹腔鏡手術、経皮的穿刺による焼灼術、カテーテルを用いた塞栓術、薬物療法など多岐にわたります。当院では、初診の後、速やかに進行度や肝機能を含めた全身状態の評価を行い、治療法を検討します。初回治療後も長期にわたって再発を繰り返すことも肝細胞癌の特徴であり、定期的な経過観察を行い、再発に対しても、その都度適した治療法を提示するように努めています。
転移性肝腫瘍の治療には手術と薬物療法があり、もとのがんを取り扱う診療科と肝胆膵外科との合議により治療方針を決定しています。
3.研究と臨床の架け橋
がん診療の向上のために、患者さんの自主的なご協力による臨床研究は不可欠です。診断・治療にあたるとともに、同意のいただけた患者さんに関しては、新しい治療法や手術手技などの臨床研究も積極的に行っています。
内科
1.病態に応じた非切除療法
内科では主として、経皮的ラジオ波焼灼療法(RFA)や肝動脈塞栓療法(TACE)に加えて、薬物療法を担当しています。RFAの対象となるがんの多くは、がんの状態としては手術可能な病変であり、根治性や肝機能などを考慮して肝胆膵外科との合議で治療法を決定しています。また、局所制御が困難な多発がんに対しては、がんを栄養とする血流を同時に遮断するTACEが主たる治療になります。一方、TACE不応のがんや肝外転移を伴うがんの場合は、薬物療法の対象になります。これらの治療法は、がんの局在のみならず、がんを生み出す肝臓の状態によっても異なり、特に肝硬変を合併している場合は、慎重な対応が必要です。当院では、内科・外科・画像診断部との合議の下、患者さんに適した治療を提案しています。
2.より有効な薬物療法の追求
この数年、肝細胞癌に対して新たな薬物療法が次々に適応を取得してきました。しかしながら、いずれの治療法も一次治療としては10年以上前の標準治療との比較試験、二次治療以降は無治療との比較試験の結果を受けての適応取得であり、どの薬物療法が最も適しているかは混とんとした状況となっています。また、有望な薬物療法が登場したことで、従来のTACEとの棲み分けも見直されており、さまざまな組み合わせも考えられるようになっています。これらを解決するためには、多くの病院が協力して大勢の患者さんの参加のもとに行われる臨床研究が不可欠です。当院では、常に最良の標準治療を大切にするとともに、多施設共同臨床試験や治験(企業主導臨床試験)にも積極的に参加し、お一人の治療を通じて、より早く、多くの患者さんに新たな治療法を還元することを目標としています。
外科
1.あきらめない外科
内視鏡で診断可能な消化管のがんと異なり、肝がん・胆道がん・膵がんの進展を画像だけで判断することは時に困難なことがあります。また手術適応(切除可能かどうかの判断)も施設により異なるのが現状であり、ある病院で手術ができないといわれても別の病院では手術ができるということも稀ではありません。手術の経験や技量のほか、医師の考え方も大きく手術適応に影響するのが肝胆膵外科の領域です。我々は、難治がんであっても外科的な立場からの可能性を最後まで追求します。“あきらめない外科”をモットーとし、患者さんとともに、がんに立ち向かって参ります。
2.出血の少ない手術を心がけています
肝がん・胆道がん・膵がんは、おなかの中の最も複雑な部位にできるため、手術が非常に複雑で切除が困難であり、出血量も多くなりがちです。私たち外科医の習熟した手技にさまざまな医療機器を組み合わせることで、手術中の出血をできるだけ少なくなるよう工夫しています。出血のすくない手術は安全かつ正確な手術につながります。血管をいっしょに切除する拡大手術から腹腔鏡手術という非常に小さい傷でできる手術まで、個々の患者さんの病状に合わせた過不足のない手術方法を選択しています。
肝臓がんの治療の実績
外科治療の実績
肝細胞癌の切除には、系統的肝切除と呼ばれる腫瘍にいちばん近い門脈の流れる領域の肝臓を切除する術式と、肝組織をできるだけ温存する肝部分切除の2種類がありますが、腫瘍の状態や肝機能などを考慮して、それぞれの患者さんに適した切除の仕方を選択しています。腹腔鏡下肝切除も適応となる事があります。2022年までの肝細胞癌切除手術件数と、これまでに行った肝細胞癌の手術後の生存率を示します。
胃がんや大腸がんなど、他の臓器にできた腫瘍(原発巣)から腫瘍細胞が主に血液の流れに乗って肝臓にたどり着き、そこで増殖した転移性肝腫瘍は、原発腫瘍の性質によっては外科的切除がよい治療法になる場合があります。当院では、外科的切除で生命予後の改善が見込める大腸がんと神経内分泌腫瘍の肝転移に対しては、積極的に手術を行っています。一方、腫瘍の数や原発臓器の腫瘍の状況によっては、胃がん・乳がん・腎がん・卵巣がん、そしてGISTとよばれる消化管の特殊な腫瘍からの肝転移も、外科的切除が患者さんのメリットになることがあり、十分に腫瘍の状況を評価した上で手術を行っています。また、膵がん・胆道がん・肺がんなど、非常に進行が早く、これまで肝転移の切除対象外としていたがんに対しても、近年の化学療法の進歩により、化学療法が良く効いた場合に外科的切除を行い、良好な結果が得られる患者さんが徐々に増えてきています。
内科治療の実績
2014年から2023年までに肝細胞癌に対して施行した内科治療の推移を示します。2018年より使用可能な薬剤が増え、肝動脈化学塞栓療法(TACE)の効果が期待できない場合には、より早い段階から薬物療法に切り替えるようになっています。
がん研有明病院の肝臓がん治療
肝細胞がんについての知識
肝臓がんとは
肝臓は成人で800ー1200g ある人体最大の臓器です。肝臓は、血液を濾過して有害物質を取り除いてそれを便として体外に排泄したり、食物中の脂肪の消化を助ける胆汁を分泌したり、エネルギーの消費に必要となるグリコーゲン(糖質)を貯蔵したりする働きを担っています。
肝臓に発生する悪性腫瘍には、肝臓そのものでがんが生まれる「原発性」肝がんと、他の臓器からがん細胞が移ってきて肝臓で発育してできる「転移性」肝がんとがあります。原発性肝がんはさらに、肝臓を構成する細胞の違いにより、「肝細胞癌」と「肝内胆管癌」に分けられます。発生するおおもとの細胞の違いにより、出来上がった腫瘍の性格も相当異なってきますから、治療する場合にはそういった違いに配慮する必要があります。肝内胆管癌については、胆道がんの項を参照ください。
原発性肝がん
転移性肝がん
肝細胞癌
日本において、肝細胞癌の約75%はB型あるいはC型慢性肝疾患に由来します。その他、アルコール摂取や喫煙もその原因となりますが、近年、さらに非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)も発がん因子として注目されています。年齢別にみた肝細胞癌の罹患率(病気にかかる割合)は、男性では45歳から、女性では55歳から増加します。罹患率・死亡率とも男性が女性の約3倍高率です。罹患率と死亡率の年次推移を生まれた年代別に見ると、男女とも1935年前後に生まれた人で高くなっています。これは、1935年前後に生まれた人の多くが肝細胞癌の要因であるC型肝炎に感染していることと関連しています。罹患率の国際比較では、日本を含む東アジア地域が高くなっています。これは、日本を除く東アジア地域の人の多くが肝細胞癌の要因である B型肝炎に感染していることと関連しています。近年では、C型肝炎の予防と治療の進歩により、C型肝炎由来の肝細胞癌の罹患数・死亡数とも減少し、それとともに肝細胞癌全体の罹患数・死亡数も減少傾向にあります。
転移性肝がん
転移性肝がんは、どこか別の部位の原発腫瘍(たとえば胃がんや大腸がんなど)から肝臓への転移ですので、その原発がんの病期ではステージWに相当します。肝転移は、腫瘍細胞が主に血液の流れに乗って肝臓にたどり着き、そこで増殖することによって起こります。治療は全身性化学療法(抗がん剤の全身投与)が一般的ですが、原発がんの性質によっては手術などの局所療法がよい治療法になる場合があります。
症状
肝臓は沈黙の臓器ともいわれ、がんができてもよほど進行しない限りは症状があらわれません。進行するとみぞおちに固いかたまりを触れたり、ついに破裂すると突然の強い痛みや貧血の進行がみられたりすることもあります。通常は自覚できる症状はほとんどなく、あるとすればそれは肝炎・肝硬変など肝臓障害に由来する症状と考えられます。それらの多くは食欲不振、全身倦怠感、腹部膨満感など漠然とした症状で、肝細胞癌を疑う理由としては弱いものです。黄疸や吐下血などは進行した肝硬変の症状であり、肝細胞癌の発見に役にたつとはいえません。
診断
B型慢性肝炎・C型慢性肝炎・肝硬変のいずれかが存在すれば、肝細胞癌の高危険群であり、定期検査の対象となります。中でもB型肝硬変やC型肝硬変と言われている方は、超高危険群としてより細かな定期検査が必要です。近年、C型肝炎ウイルスの駆除治療が積極的に行われるようになり、ウイルス陰性化となった場合に発がん率の低下が認められていますが、一方で、ウイルス駆除に成功したことで定期検査を中断した結果、肝細胞癌が大きくなってから発見されるケースが散見され、問題となっています。C型肝炎ウイルスが陰性化となった場合でも、定期的に血液検査と画像検査を継続することを強くお勧めします。一方、B型肝炎やC型肝炎以外の方の場合、健診での肝機能異常や、その他の一般的な体調不良で病院を受診した際の検査異常を契機に肝細胞癌がみつかるというパターンが多いと思います。
血液検査では、AST(GOT)やALT(GPT)といった肝臓由来の酵素よりも、血小板数やアルブミン、プロトロンビン(PT)時間といった肝機能をあらわす項目に注意し、肝障害の程度を見ることが重要です。肝硬変が疑われれば、肝細胞癌の高危険群として、より細かな定期検査の対象となります。肝細胞癌で上昇する腫瘍マーカーとして、AFPやPIVKA-IIなどがあります。これらのマーカー値が高いことは、肝細胞癌を疑う要素になりますが、がん以外でも高くなることもあり、注意が必要です。
画像診断でもっとも手軽なのは腹部超音波検査です。患者さんに負担なく行えるのが利点ですが、肝臓の中の腫瘍の場所によっては見えないこともあります。画像診断で最も信頼性が高いのが、造影剤を用いたCTやMRI です。
サーベイランス・診断アルゴリズム

(肝癌診療ガイドライン2021より, 日本肝臓学会作成, 日本癌治療学会HPより転載)
病期診断
肝細胞癌の病期分類には、国際分類(国際対がん連合:UICC、第8版)と国内分類(肝癌取扱い規約、第6版)があります。いずれも、基本は 肝内病変の状況(T因子)、肝臓近傍のリンパ節転移の有無(N因子、N1:転移あり)、遠隔転移の有無(M因子、M1:転移あり)から構成されますが、両者が一致しない部分もあります。ステージの話をするときは、どの分類法を用いているかに注意が必要です。
肝細胞癌の治療は、患者さん自身の肝機能によって大きく左右されます。したがって、がんの病期診断とともに肝障害度を客観的に評価する必要があり、肝癌診療ガイドラインでは、Child-Pugh分類が用いられています。
また、日常診療では、がんの進行度と肝障害度を組み合わせた、いわゆる「総合ステージング」も用いられています。総合ステージングはいろいろな施設から様々なものが出ており、どの分類法が優れているかの評価は定まっていません。比較的よく用いられている分類として、バルセロナ臨床肝癌(BCLC)病期分類を示します。
T | N | M | |
Stage I A | T1a | N0 | M0 |
Stage I B | T1b | N0 | M0 |
Stage II | T2 | N0 | M0 |
Stage III A | T3 | N0 | M0 |
Stage III B | T4 | N0 | M0 |
Stage IV A | T1〜4 | N1 | M0 |
Stage IV B | T1〜4 | N0〜1 | M1 |
T1a: 2cm以下,単発 T1b: 2cm超,単発,血管侵襲なし T2: 2cm超,多発,血管侵襲あり,または 5cm以下,多発 T3: 5cm超,多発 T4: 門脈もしくは肝静脈の大分枝への浸潤, 胆嚢以外の隣接臓器への直接浸潤, または 臓側腹膜を貫通 |
T | N | M | |
Stage I | T1 | N0 | M0 |
Stage II | T2 | N0 | M0 |
Stage III | T3 | N0 | M0 |
Stage IV A | T4 | N0 | M0 |
T1〜4 | N1 | M0 | |
Stage IV B | T1〜4 | N0〜1 | M1 |
T: @腫瘍個数:単発,A腫瘍径:2cm以下,B脈管侵襲なし,のうち、 T1: 3項目全て合致,T2: 2項目合致,T3: 1項目合致,T4: 全て合致せず |
1点 | 2点 | 3点 | |
脳症 | ない | 軽度 | ときに昏睡 |
腹水 | ない | 少量 | 中等量 |
血清ビリルビン値(mg/dl) | 2.0未満 | 2.0〜3.0 | 3.0超 |
血清アルブミン値(g/dl) | 3.5超 | 2.8〜3.5 | 2.8未満 |
プロトロンビン活性値(%) | 70超 | 40〜70 | 40未満 |
Child-Pugh分類: 各項目のポイントの合計点で分類する A 5〜6点, B 7〜9点, C 10〜15点 |
ステージ | 全身状態 | 肝障害度 | 癌の状態 |
超早期(0) | 良好 | A | 単発, 2cm以下 |
早期(A) | 良好 | A-B | 単発〜3cm 3個以内 |
中間型(B) | 良好 | A-B | 多発 |
進行既(C) | やや不良 | A-B | 門脈浸潤, 肝外転移 |
終末期(D) | 不良 | C |
治療法
肝癌診療ガイドラインでは、肝障害度と腫瘍のサイズや個数に応じて、肝切除・ラジオ波などの局所治療、肝動脈塞栓術、全身化学療法、肝移植、緩和ケアを選択することが提唱されています。個々の患者さんにおいては、腫瘍の場所や悪性度(血管へ浸潤しているかなど)といった所見も踏まえ、治療方針を決定します。
(肝癌診療ガイドライン2021より, 日本肝臓学会作成, 日本癌治療学会HPより転載)
手術療法
最も確実な治療法は、外科的切除だと考えています。肝機能が良ければ、比較的大きながんでも切除が可能です。肝細胞癌の切除には、系統的肝切除と呼ばれる腫瘍にいちばん近い門脈の流れる領域の肝臓を一括して切除する術式と、肝組織をできるだけ温存する肝部分切除の2種類があります。腫瘍の状態や肝機能などを考慮して、それぞれの患者さんに最適な切除の仕方を選択しています。腫瘍の位置や大きさによりますが、腹腔鏡下肝切除も積極的に行っています。
経皮的ラジオ波焼灼療法(RFA)
超音波(エコー)で見ながら腫瘍に電極針を刺し、ラジオ波電流を流すことにより、電極周囲に発生させた熱により腫瘍を壊死させる治療法です。5〜10分の加熱により直径2〜3cmの球状の範囲が凝固されますので、この範囲に完全に収まる小さながんが最も良い適応になります。3cm程度になると、辺縁に治療が不十分な場所が残らないように、針を少しずつずらして複数回加熱しますが、治療の確実性が低下します。近年の臨床試験で、確実に焼灼できるような小病変であれば手術と同等の治療効果が得られることが確認されましたので、特に高齢の方などではRFAを推奨することが増えています。このほか、切除後の再発や、肝障害度Bなど手術困難例もRFAの対象となります。経過が順調な場合は治療の4-5日後に退院可能ですが、出血(腹腔内・胸腔内・胆道)や肝梗塞、肝膿瘍、熱による周辺臓器障害など重篤な合併症も起こりえます。
- RFAの治療成績
国内での多施設臨床試験の結果として、肝機能良好で3cm 3個以内の初発肝細胞癌症例に対する、RFAの3年無再発生存率は47.7%と報告されています。
肝動脈化学塞栓療法(TACE)
正常の肝臓は、肝動脈および門脈からそれぞれ2割と8割の血流を受けますが、肝細胞癌は肝動脈のみから影響を受けます。この性質を利用し、がんを栄養する肝動脈を通じて抗がん剤と塞栓物質を注入することで、正常肝へのダメージを最低限にしながらがんを攻撃・兵糧攻めにする治療がTACEです。1本の血管を塞栓することにより、その血管から栄養を供給されるがんを同時に治療できることから、手術やRFAが不向きの多発病変が良い適応です。複数の血管から栄養を受ける場合や、大型のがんの場合には、一度に塞栓を行うと、正常肝へのダメージや腫瘍崩壊によるダメージが大きくなることがあり、計画的に複数回に分けて治療を行うこともあります。また、肝機能が悪い場合には、動脈塞栓のみでも肝不全に進行することがあり、抗がん剤のみを注入する動注化学療法(TAI)を行うこともあります。
- TACEの治療成績
複数の臨床試験のレビューとして、標準的な方法によるTACE後の生存期間の中央値は19.4か月、3年・5年生存率は40%・32%と報告されています。
薬物療法
TACEでコントロール困難な多発がんや肝臓以外に転移があるような場合は、薬物療法の適応になります。がんが生き延びるために周りに働きかける「血管新生」を阻害する分子標的薬(ソラフェニブ、レンバチニブ、レゴラフェニブ、ラムシルマブ、カボザンチニブ)や、がん免疫に関連する免疫チェックポイント阻害剤(デュルバルマブ)および複数の機序を組み合わせた併用療法(アテゾリズマブ+ベバシズマブ、デュルバルマブ+トレメリムマブ)の有用性がこの数年で相次いで示され、肝細胞癌の薬物療法は大きく様変わりしてきました。
分子標的薬には、高血圧・浮腫・蛋白尿・下痢・手足の粘膜障害などの副作用、また、免疫チェックポイント阻害薬には、下痢・腸炎、甲状腺機能障害の他、間質性肺炎や下垂体・副腎機能障害、T型糖尿病などの副作用が比較的高頻度に見られるため、注意が必要です。
以下に、肝細胞癌に対する薬物療法のアルゴリズムを示します。
薬物療法アルゴリズム
(肝癌診療ガイドライン2021(2023年5月改訂版)より, 日本肝臓学会作成, 日本癌治療学会HPより転載)
- 薬物療法の成績
新規薬物療法の登場により、BCLC分類による進行期の予後は、肝機能が良好な場合、無治療で4-8か月程度であったものが、最近の報告では13-19か月程度まで延長してきています。
以下に代表的な薬物療法に関する臨床試験の成績(#は近年の臨床試験における対照群としての成績)を示します。
レジメン名 | 治療法 | 臨床試験成績* | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
奏効割合 | 無増悪生存期間 (中央値**) |
全生存期間 (中央値**) |
||||
一次治療 | ||||||
ソラフェニブ | 連日内服 | 5% | 4.1ヶ月 | 13.8ヶ月 | ||
レンバチニブ | 連日内服 | 19% 18% |
8.9ヶ月 8.1ヶ月 |
13.6ヶ月 19.0ヶ月 |
||
アテゾリズマブ+ベバシズマブ | 3週間毎に点滴 | 30% | 6.8ヶ月 | 19.2ヶ月 | ||
デュルバルマブ+トレメリムマブ(T) | 4週間毎に点滴 (Tは初回のみ) |
20% | 3.8ヶ月 | 16.4ヶ月 (4年25%) |
||
デュルバルマブ | 4週間毎に点滴 | 17% | 3.7ヶ月 | 16.6ヶ月 | ||
二次治療以降 | ||||||
レゴラフェニブ | 1コース4週間 1-21日目に内服 |
7% | 3.2ヶ月 | 10.6ヶ月 | ||
ラムシルマブ | 2週間毎に点滴 | 5% | 2.8ヶ月 | 8.5ヶ月 | ||
カボザンチニブ | 連日内服 | 4% | 5.2ヶ月 | 10.2ヶ月 |
*臨床試験の成績は、対象や時代背景などの条件が異なるため、この数値をもって相互の成績を比較することはふさわしくありません。私たちは各試験の様々なデータから病態に応じた治療法を個別に検討しており、この一覧表を以て治療法を決定してはおりません。
**中央値:対象者の50%がこの値を上回る/下回る値。効果には個人差があります。また、中央値が短くても長期の生存割合が高い場合もあり、中央値のみで効果を測ることも適切とはいえません。
これらの新規薬物療法が適応を取得するに至った臨床試験は、従来の標準治療だったソラフェニブとの比較試験、二次治療以降はプラセボ(偽薬=無治療)との比較試験であり、新規治療法どうしを科学的に比較するような臨床試験が行われていないため、これらの新規薬剤の使い分けや、新規薬剤の治療後に別な薬剤を用いた場合の成績、投与順など、今後解明すべき課題が山積しています。
また、有望な標準治療が増えたことにより、従来、TACEが効かなくなった後のBCLC分類の進行期(TACE不応)で導入されていた薬物療法が、BCLC分類による中間期のうち、TACEがあまり効かないと思われる状態(TACE不適)にも用いられるようになる一方、薬物療法の著効後に、局所に残存する腫瘍に対してTACEやRFA, 手術などを組み合わせる新たな治療戦略も登場しています。
- ゲノム医療
近年、がんに対する新たな治療戦略として、がん遺伝子パネル検査等のゲノム検査によりがんの原因となる遺伝子異常を同定し、これを標的とした分子標的薬を投与する、がんゲノム医療が注目されています。肝細胞癌では、テロメラーゼ遺伝子(TERT)、TP53、増殖や分化に関わるWNT経路の遺伝子(CTNNB1, AXIN1, APC)に遺伝子異常を多く認めますが、2024年3月時点で、これらの遺伝子異常を標的とした使用可能な薬剤はありません。
一方、2024年3月現在、がん遺伝子パネル検査等で以下の遺伝子異常が見つかった場合、がん種によらず、以下の薬剤が保険診療下で使用可能です。ただ、肝細胞癌でこれらの異常が見つかることは非常にまれです。
- 高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する固形がん・高い腫瘍遺伝子変異量(TMB-High)を有する固形がん:ペムブロリズマブ(免疫チェックポイント阻害薬、抗PD-1抗体薬)
- NTRK融合遺伝子陽性の固形がん:エヌトレクチニブ、ラロトレクチニブ(TRK阻害薬)
- BRAF遺伝子変異を有する固形がん:ダブラフェニブ(BRAF阻害薬)+トラメチニブ(MEK阻害薬)
放射線療法
肝細胞癌に対する標準的な局所治療は手術やRFAですが、これらの治療が困難な場合には、放射線治療も選択肢になります。5cm以下の肝内局所病変に対しては、大線量のX線を5回程度の短期間で集中的に照射する定位放射線治療(SBRT)が行われます。SBRTはがんに対して3次元的に多方向から放射線を照射することにより、正常な細胞への影響を抑えながらピンポイントでがんを治療することができる高精度放射線治療のひとつです。一方、4cmを超える肝内局所病変に対しては、2022年より粒子線(陽子線や重粒子線)治療にも保険が適用されるようになりました。粒子線治療はがん病巣へ線量を集中させることが可能な治療ですが、消化管に近接する場合など、がんの部位によっては治療できないこともあります。
放射線治療の副作用は、急性期には倦怠感、嘔気や食欲不振が懸念されますが、治療終了とともに改善していきます。治療終了後、通常数ヶ月以降に現れる晩期の副作用として、胆道系の狭窄による黄疸、肝機能障害などがあげられます。
支持療法
肝細胞癌に対する薬物療法は通常Child-Pugh分類A-6点までに行われ、B-7点以上での安全性や効果は不明です。肝機能が悪化している場合には、治療により肝機能がさらに悪化し、余命を縮めてしまう可能性が高くなるため、がんに対する治療はお勧めできません。痛みなどの症状緩和を目的とした治療や、むくみや腹水の治療などの肝機能維持を目的とした治療を行います。
再発の診断と治療
手術やラジオ波焼灼療法後の再発は、その多くが再び肝臓内に発生します。この場合、ふたつの状況が考えられます。ひとつは他のがん種と同様の転移で、もうひとつは新たな発がん(多中心性発生といいます)です。肝細胞癌の多くは肝炎・肝硬変から発生しますが、肝炎・肝硬変はそもそも発がんの土台です。がんのタネがたくさん埋まっている花壇から、次々発芽して花開こうとする状況をイメージしてください。
このように、肝細胞癌は他のがん種と比べてとても再発しやすく、根治的な治療のあとでも、AFPなどの腫瘍マーカーとCT検査を3ー4ヶ月ごとに繰り返し、長期にわたって再発を見張っていきます。
根治的治療のあとの宿命的な再発をなんとか予防することはできないか長年研究が重ねられていますが確実に再発を予防する治療法は未だ開発されていません。
肝内の再発が発見されたら、はじめて発見されたときと同じ治療法選択の手順で治療を決めます。条件が合えば再手術も可能です。一方、肝外の再発は明らかな転移で、がん細胞が全身を巡っているとみなされる状況ですので、薬物療法の対象となります。
治癒率
他がん種の多くは、根治的治療のあとは5年ほどで再発がなくなり、5年無再発ならほぼ治癒と考えます。しかし、肝細胞癌は肝炎・肝硬変がある限り新たな発がんが起こりますから、何年たっても治癒という言葉は使いにくいがん種です。目安として5年生存率は、手術療法で40-70%、経皮的局所焼灼療法で30-60%、血管塞栓化学療法で10-30%くらいです。