胃がんの内視鏡治療と成績
胃がんの診断
1.胃がんの存在診断
多くの胃がんは、ピロリ菌によって慢性胃炎を起こした胃粘膜から発生します。この慢性胃炎があると胃がんを見つけることが難しくなることがあります。特に、胃炎と似ていて見つけにくい胃がんを「胃炎類似型胃がん」と呼びます。さらに、5mm以下の非常に小さい「微小胃がん」も見つけるのが難しい胃がんの一つです。
このような見つけにくい胃がんを効果的に発見するために、私たちの病院では、内視鏡検査を行う医師のトレーニングに特に力を入れています。内視鏡検診の全国集計での胃癌の発見率は0.28%(平成23年度)でしたが、私たちの病院での新たに見つかる胃腫瘍の発見率は約3%と、非常に高い発見率を誇っています。
2.胃がんの範囲診断
胃がんを治療する前には、がんがどのくらい広がっているか(範囲診断)を正確に知ることが大切です。しかし、慢性胃炎が背景に存在すると、がんの正確な広がりを診断することが難しくなることがあります。この問題を解決するために、私たちはがんの周囲に青い色の色素(インジゴカルミン)を散布しています。インジゴカルミンを使うと、胃の内壁の細かい凹凸がはっきりと見えるようになり、がんのある部分の構造をより明確に観察できます。
さらに、胃がんの正確な範囲診断を行うために、私たちは新しい技術である拡大内視鏡とNBIシステムを使用しています。NBIとはNarrow Band Imagingの略語であり、狭帯粋フィルターを電子スコープのシステムに組み込むことにより、特殊な光を使い、粘膜表面を詳細に観察することができます。拡大内視鏡とNBIを併用することにより、癌の表面を最大80倍まで拡大して、がんの範囲を正確に診断することができます。この高度な技術により、私たちは胃がんの範囲をより正確に把握することができます。これは、治療に大きな利点をもたらします。正確な診断により、必要以上に多くの健康な部分を取り除くことなく、また、がんを残さずに適切な範囲で切除することが可能になります。
3.胃がんの深達度診断
治療方針を決定するうえで、癌の深さ(深達度)の診断が必要です。通常の内視鏡だけでは判断が難しいときに、内視鏡の先から超音波を出す機械(超音波内視鏡)を使用し、癌の深達度診断の精度の向上に役立てています。
早期胃がんの内視鏡治療
早期胃がんを治療するための内視鏡治療には、二つの方法があります。一つ目は「内視鏡的粘膜切除術(EMR)」、もう一つは「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)」です。EMRは比較的シンプルな手法ですが、大きな病変は、分割で切除されることがあり、この方法では、治療後にがんが再発することが、約5%-10%の確率であります。一方、ESDは、大きながんでも、一度の治療で完全に取り除くことができます。このため、治療後にがんが局所再発するリスクは非常に低いです。2006年4月から、日本ではESDが保険適用の治療方法として認められ、広く行われるようになりました。当院でも胃がんの内視鏡治療は、ESDを第一選択にしています。
当院では、有明病院開院以来、約5000例以上の早期胃がんに対するESDを行ってきました。ここでは、早期胃がんに対する内視鏡治療の適応、具体的な治療方法、治療成績、偶発症などについて説明します。
1.早期胃がんに対する内視鏡治療の適応
早期胃がんの内視鏡治療は、がんが胃壁の浅い層に限定されている場合に適用されます。また、内視鏡治療では、胃の外側のリンパ節を切除することはできないので、リンパ節転移の可能性がかなり低いと考えられている病変が内視鏡治療の適応となります。
具体的な内視鏡治療の適応を以下に示します(胃癌治療ガイドライン第6版の内視鏡治療の絶対適応病変)。
- 粘膜内がん、分化型※、潰瘍なし(大きさに制限なし)※写真1
- 粘膜内がん、分化型、潰瘍あり(3cm以下)※写真2
- 粘膜内がん、未分化型※※、潰瘍なし(2cm以下)※写真3
※分化型:顕微鏡で見て胃の正常の粘膜に似た固まりを作るがん
※※未分化型:顕微鏡で見てがん細胞が固まりを作らないがん
その他の病変でも、患者さんの健康状態、年齢などを考慮して、内視鏡治療の適応を広げることもあります。
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写真1:44mmの分化型粘膜内がん、潰瘍なし -
写真2:20mmの分化型粘膜内がん、潰瘍(瘢痕)あり
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写真3:20mmの未分化型粘膜内がん、潰瘍なし
2.早期胃がんのESD手順
早期胃がんに対するESDの手技について、写真を使って説明します。この治療にかかる時間は、がんの位置や大きさによって異なります。小さながんの場合、1時間程度です。ただし、がんが大きかったり、潰瘍があったり、出血が多かったりすると、2時間以上必要なこともあります。
- 病変範囲の確認 (写真5)
インジゴカルミンや酢酸の散布、NBI(Narrow Band Imaging:特殊な光を用いた技術)を利用した拡大内視鏡を使用して、病気の範囲を確認します。 - 病変周囲のマーキング (写真6)
病変から約2ミリメートル外側に印をつけます。これは、病変を切開する際のガイドとなります。
- 粘膜下局所注射(ヒアルロン酸) (写真7)
注射針を粘膜下層に刺し、ヒアルロン酸(インジゴカルミンを混ぜたもの)を注入します。これにより、粘膜下層が盛り上がり、筋層を傷つけることを防ぐことができます。 - 粘膜のプレカット (写真8)
針状の電気メスで粘膜の一部を切開します。青く見える部分が粘膜下層です。
- 粘膜の周囲切開 (写真9)
特殊な電気メス(ITナイフ2®など)を使用して、マーキングの外側を全周にわたり切開します。 - 粘膜下層の剥離 (写真10)
ヒアルロン酸をさらに粘膜下層に注入してから、電気メスを用いて粘膜下層を慎重に剥離します。
- 病変切除後の処置 (写真11)
病変を取り除いた後の潰瘍部分に血管が見られる場合、血管を焼灼したり、クリップをかけたりします。この処置により、治療後の出血リスクを減らします。これで、治療が完了です。
実際のESDを動画で提示します。(動画参照)
症例1:
胃体上部小彎、30mm、0-Ua型、高分化管状腺がん
症例2:
胃角部大彎、30mm、0-Ub+Uc型、中分化管状腺癌
3.早期胃がんの内視鏡治療後の病理評価
内視鏡治療で切除した胃がんについては病理診断を行います。この病理診断結果が、がんの最終診断となります。退院後約3週間後の外来で、病理診断の結果を説明します。病理診断の結果、がんが完全に切除され、リンパ節への転移がほぼ考えられない(治癒切除)と判断された場合は、定期的な経過観察に移行します。一方、リンパ節転移の可能性が残ると判断された場合は、そのリスクを説明し、追加の外科手術(胃の一部またはすべての切除とリンパ節の切除)を受けるかどうかについて患者さんと相談します。
4.当院の早期胃がんESDの治療成績
当院で2005年6月から2023年12月の期間にESDを施行した早期胃がん、胃腺腫6,787例の治療成績を示します。
一括切除率
(病変が一括で切除された症例) |
99.2% (6,731/6,787) |
一括完全切除率
(病変が一括切除され、かつ切除断端が陰性の症例) |
96.3% (6,541/6,787) |
治癒切除率
(病変が一括完全切除され、かつ適応拡大条件に一致した症例) |
86.0% (5,836/6,787) |
治療時間中央値
(内視鏡挿入から止血処置完了までの全体の時間) |
70分 |
偶発症 | 後出血 2.3% (156/6,787) 穿孔 0.7% (49/6,787) |
ESDの手技では、病変を一度にまとめて切除すること(一括切除)ができ、この方法により詳細な病理評価が可能になります。ESDによる治癒切除率は86.0%でした。つまり、約15%の病例では治癒切除にはなりません。そして、追加の外科手術、具体的にはリンパ節を取り除く胃切除術が必要となる場合があります。これは、内視鏡治療前の評価では粘膜内に留まると判断された浅い病変であっても、ESD後の病理診断で、がん細胞が予想以上に深く粘膜下層に浸潤していることが判明したため、内視鏡治療だけでは完全には取り除けていないとされるケースなどがあるためです。
5.早期胃がん内視鏡治療後の経過観察
内視鏡治療によって胃がんが完全に取り除かれても、その後に残った胃の粘膜で新たな胃がんが発見されることがあります。毎年約1?3%の割合で新しい胃がんが見つかる可能性があるため、定期的なフォローアップが重要です。このため、年に1回は内視鏡検査を受けることが推奨されます。
当院では特定機能病院(高度な医療を提供する特殊な病院)という特性上、治療後の定期的な経過観察は通常、紹介いただいたクリニックで行います。患者様には安心してフォローアップを継続していただくために、信頼できるクリニックを紹介することも可能です。治療後の経過観察について不安や質問があれば、外来でお気軽にご相談ください。
胃がんの内視鏡治療の成績
当院での胃がんおよび胃腺腫の内視鏡的切除術(EMR/ESD)の治療患者数を図で示します。直近数年の治療件数は、2020年には460件、2021年には417件、2022年には536件、そして2023年には403件の治療を行いました。スタッフや増員や内視鏡室・リカバリー室の増設により、初診から治療開始までの期間を2?4週間程度に短縮することができています。
すべての早期胃がんが内視鏡治療で治せるわけではありません。当院では治療前に胃がんの病期やがん細胞の組織型(顕微鏡で見た時の細胞の様子)、全身状態などをカンファレンスで詳しく検討します。この会議を通じて、患者さんにとっての最適な治療を決めています。外来では主治医から、カンファレンスの結果をもとに患者様一人ひとりに合った治療方法をご提案します。そして、患者さんと一緒に治療方針を決定します。