胆道がんの手術と成績
胆道にできる癌は肝臓内から胆汁の流れの順番に@肝内胆管癌、A肝門部領域胆管癌、B遠位側胆管癌、C胆嚢癌、D十二指腸乳頭部癌(Vater乳頭部癌)、ならびに広い範囲の胆管に広がる、E広範囲胆管癌に分類されます。胆道癌の手術は一般に難しいと言われております。その理由として解剖が複雑である、肝・膵臓といった血流豊富な臓器を共に切除する必要がある、病変の発生部位によって術式が変わってくる、などがあげられます。ここではそれぞれの癌に対する手術方法について解説します。
@肝内胆管癌
肝内胆管癌は特異的な症状がなく、比較的大きな腫瘤となってから見つかることが多い疾患です。肝臓を半分前後切除する、右肝切除や左肝切除を選択することが多くあります。胆管の左右合流部を巻き込んでいる場合は次に解説するA肝門部領域胆管癌と同じような術式となります。
A肝門部領域胆管癌
胆管癌の中で最も発生頻度が高いのが肝門部領域です。ここは肝内の胆管が集まり1本になって肝外に出てきます。いわゆる『扇のかなめ』のようなところです。
ご注意:下記に実際の手術写真を掲載していますので、気分の悪くなる可能性のある方はお気を付けください。
そのため、肝門部領域胆管癌では病変(扇のかなめ)をまわりの肝臓ごと切除する術式になります。病変の拡がりによって肝切除術式が決まりますが、8〜10時間かかる手術になります。術式によって肝臓の60〜70%を切除する場合もあります。また胆管の周りには肝臓に流入する肝動脈、門脈といった重要な血管があり、癌の浸潤を受けている場合は血管の合併切除を行います。
B遠位側胆管癌
癌が肝臓と膵臓の間の中部胆管にできた場合は、左図のように、胆管を一部だけ取る手術(胆管切除)が可能です。しかし、多くの癌は見かけよりも広く進展していることが多く、この手術を行う頻度は少ないのが現状です。胆管は肝臓の外に出てきた後、膵内に入り(膵内胆管ともいう)最終的に十二指腸乳頭部に行きつきます。十二指腸乳頭部癌も含め、多くの遠位側胆管癌に対する手術は、膵頭部や十二指腸ごと切除する膵頭十二指腸切除を行います。この手術も6〜8時間かかる大手術のひとつです。
C胆嚢癌
胆嚢癌だけでも小さな手術から大きな手術まで幅広くあります。早期の胆嚢癌の場合、胆嚢のみ切除する術式で済みますが、周囲臓器への進展度合いにより胆嚢と肝臓の一部の切除、または肝門部領域胆管癌のような拡大手術まで行う必要があります。
D十二指腸乳頭部癌
多くの場合、遠位側胆管癌と同様、膵頭十二指腸切除術を行います。
E広範囲胆管癌
また数は少ないですが、広く進展している胆管癌や胆嚢癌の一部では肝臓と膵臓をまとめて取ってくる手術があります。これは腹部手術の最大もので12時間以上かかります。
肝門部領域胆管癌の周術期管理
胆道癌手術は大手術であり、患者さんの体にかなりの負担がかかります。また複雑な再建・大量肝切除・膵切除など、重症合併症がおこりうる術式です。過不足ない手術を行い、無事に元気に退院してもらうために、がん研有明病院では術前から様々な取り組みをしております。
1. 術前管理
癌を確実に切除するためには確実な診断が必要です。また胆管癌は黄疸で発症することが多く、肝機能が悪化します。まずは適切な温存肝への胆道ドレナージを行うことが重要です。当院の経験豊富な画像診断医・胆膵内視鏡医と綿密な連携を取り、チームとして術前治療を行います。
2. 胆道ドレナージ
肝門部領域胆管癌の肝切除は全体の60〜70%を切除するため、黄疸のある肝臓を正常化しておく必要があります。そのためには黄疸を取る処置(胆道ドレナージ)を行わなければなりません。現在、わが国では内視鏡的胆道ドレナージが主流です。2014年ころまではドレナージチューブを鼻から出す経鼻胆道ドレナージを主に採用しておりましたが、2015年以降は胆管内に短いカテーテルを埋め込む『Inside-stent』を使用し、患者さんの負担や苦痛を少ないものにしております。まだ全国的に標準治療ではないため、2017年からは安全性・有効性を確認する臨床試験として使用しております(UMIN試験ID:000025463)
3. 門脈塞栓術
最大の合併症は大量肝切除後の肝不全です。この予防に切除側の肝臓の門脈血流を低下させ、予定温存肝を肥大させておく門脈塞栓術を行っています。これは肝の再生能力を利用したものです。門脈塞栓後2〜4週間待機し、予定温存肝を10%ほど大きくしてから手術に臨みます。
4. 栄養管理、体力強化、術後リハビリ
胆管癌の患者さんは黄疸のため食欲が落ち、また病院受診後は胆道ドレナージや各種画像検査で食事摂取が制限されることがあり、どうしても栄養不足や体力の低下が起こります。大きな手術を乗り越えて退院していただくためには術前の状態をできるだけ改善させることが重要です。がん研有明病院では外科医や看護師だけではなく、腫瘍精神科・疼痛コントロールチーム・栄養士・リハビリ科・歯科チームなどそれぞれの専門科と連携し、病院を上げてこの難治癌治療に立ち向かっております(通称ペリカン)。肝門部領域胆管癌をはじめとする胆道癌手術後でも、病気になる前と同じような生活を送っていただくことが目標です。
胆道癌手術症例
がん研有明病院ではここ3年間では年間40-60例の胆道癌手術を行っております。
2022年では肝門部領域胆管癌14例、遠位側胆管癌13例、胆嚢癌7例、十二指腸乳頭部癌6例という内訳でした。
胆道がんの術後合併症
胆道癌手術は拡大肝切除・胆管切除、膵頭十二指腸切除など複雑で長時間かかる手術が多くあります。残念ながら臓器の特徴により術後合併症が発生する割合も胃切除や大腸切除など腹部のほかの臓器の手術に比べ多いと言わざるを得ません。重要なことは合併症をできるだけ起こさないように術前から準備すること、また合併症が発生した場合の早期発見・早期対処であります。がん研有明病院では前述したように周術期管理チーム『ペリカン』のプログラムをはじめ、24時間体制で術後管理を行っております。また膿瘍ドレナージ、術後出血などに対する迅速なIVR(画像下治療)対応、重症化した場合の集中治療専門医、ICUも備え、常時専門科と連携を取れる体制を整えております。胆道癌における代表的大手術、肝切除・胆管切除(Hx)、肝膵同時切除(HPD)、膵頭十二指腸切除(PD)の過去13年間の術後成績のまとめと肝切除・胆管切除(Hx)の過去5年間の推移を示します。
胆道癌(胆管癌、胆嚢癌)切除後の合併症(2006〜2018)
因子 | HPD | Hx | PD |
---|---|---|---|
(n = 45) | (n = 174) | (n = 103) | |
年齢、歳 | 70 (38-80) | 70 (38-87) | 71 (34-86) |
性差、男性:女性 | 29 : 16 | 126 : 48 | 70 : 33 |
Body mass index, kg/m2 | 22 (16-27) | 22 (15-30) | 22 (16-32) |
疾患、胆管癌 | 26 (58%) | 151 (87%) | 97 (94%) |
胆道ドレナージ | 36 (80%) | 138 (79%) | 91 (88%) |
門脈枝塞栓術 | 30 (67%) | 104 (60%) | - |
手術時間、分 | 678 (454-966) | 574 (375-914) | 501 (300-755) |
出血量、g | 1040 (550-3470) | 900 (80-5750) | 570 (50-2450) |
血管合併切除 | 13 (29%) | 54 (31%) | 5 (5%) |
手術関連死亡 | 0 (0%) | 6 (3%) | 4 (4%) |
重症合併症 | 16 (36%) | 46 (26%) | 23 (22%) |
腹腔内感染症(Organ/space SSI) | 31 (69%) | 64 (37%) | 55 (53%) |
胆汁漏 | 8 (18%) | 44 (25%) | 4 (4%) |
肝不全 | 5 (11%) | 22 (13%) | 3 (3%) |
菌血症 | 10 (22%) | 31 (18%) | 14 (14%) |
創感染(Incisional SSI) | 14 (31%) | 26 (15%) | 24 (23%) |
膵液瘻(Grade B, C) | 22 (49%) | 14 (8%) | 46 (45%) |
胃排泄遅延 | 15 (33%) | 23 (13%) | 20 (19%) |
術後入院期間、日 | 40 (21-97) | 29 (9-158) | 31 (16-127) |
胆道癌の外科治療は、術前・手術・術後のすべてが大切です。手術は高度な技術を必要とします。胆道癌手術に慣れた外科医、それに加え胆膵内科医、IVR医、ICUなど病院の総合力が備わっている施設での治療をお勧めします。
胆道癌の切除後の長期成績
2006年から2018年までにがん研有明病院で手術を行った肝門部領域胆管癌185例(切除160例、試験開腹25例)の生存曲線を左下に示します。
切除群は切除できなかった試験開腹群よりも明らかに予後がよいことがわかります。右下の図は切除群をリンパ節転移なしかつ根治切除群(N0・R0)とリンパ節転移ありもしくは非根治切除群(N1/R1)、遠隔転移群に分類した生存曲線です。遠隔転移を有する症例は試験開腹群と有意差はなくなり、予後は悪いと言わざるを得ません。しかしN0・R0群は5年生存率65%と良好な成績でした。N1/R1群は5年生存率22%であり、遠隔転移群、試験開腹群よりは良好でしたが、N0・R0群よりは明らかに予後は悪いという結果でした。現在N1/R1症例に対しては術後補助化学療法を推奨しておりますが、もう少し強力な化学療法を術前に行うことも視野に入れております。