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診療科・部門紹介
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肝・胆・膵内科

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最終更新日 : 2023年7月21日

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肝胆膵領域のがんゲノム医療・がんプレシジョンメディシン

正常な細胞の「がん化」は、DNAの損傷などによる遺伝子変異をはじめとした、ゲノムの異常によって起こります。がんに対する新たな治療戦略として、個々の患者のがんゲノムプロファイルに基づいた「がんプレシジョンメディシン」「がんゲノム医療」が注目されています。

がん遺伝子パネル検査

大量のゲノム情報を短時間で網羅的に解析することが、次世代シークエンサーの登場によって可能となりました。既知のがん関連遺伝子は約400個程度とされています。標的をがん関連遺伝子に絞り、がんにおける遺伝子異常の検出を次世代シークエンサーで行うためのキットのことを「がん遺伝子パネル」といいます。「がん遺伝子パネル」を用いた検査は、個々の患者のがんの包括的なゲノムプロファイルを取得できることから「がんゲノムプロファイリング検査」とも呼ばれます。がんゲノム医療の実践において必要不可欠な検査となっています。

本邦において、「固形がん患者を対象とした包括的ながんゲノムプロファイリングの取得」を目的として、2019年6月に腫瘍組織検体を用いた二つの遺伝子パネル検査が、2021年8月からは血液検体を用いたリキッドバイオプシーの遺伝子パネル検査が保険診療として実施可能になりました。

現行の保険診療の原則では、標準治療がない、または標準治療が終了となった状況で、全身状態および臓器機能などから、遺伝子パネル検査後に化学療法の適応となる可能性が高いと判断される場合に限定されています。治療標的となる遺伝子異常が見つかった場合、治療選択肢が増えます。保険診療外の治験や患者申し出療養制度での臨床試験での、投薬となることも多いですので、全身状態および臓器機能が保たれていることが必須です。

マイクロサテライト不安定性(MSI)

ヒトゲノムの塩基配列には、繰り返し配列が多数あります。そのうち、1〜6個の塩基が10〜数十回繰り返した配列を「マイクロサテライト」と呼びます。マイクロサテライトは突然変異率が高く、繰り返しの長さに変化が有る場合、マイクロサテライト不安定(MSI)とされ、MSIの判定が行われます。マイクロサテライトのマーカーの30〜40%以上(5箇所のマーカーを使用する場合は2箇所以上)に、MSIが認められた場合MSI-Highと診断されます。MSIは、網羅的な解析である「がん遺伝子パネル検査」でも判定ができますが、マイクロサテライト不安定性(MSI)だけをターゲットとした検査もあります。

Tumor Mutation Burden(TMB, 腫瘍遺伝子変異量)

がん細胞と正常細胞の遺伝子配列を比較したがん細胞の遺伝子変異の数が、Tumor Mutation Burden (TMB, 腫瘍遺伝子変異量)として、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果予測因子などで注目されています。100万個(Megabase, Mb)の塩基の中にいくつの変異(mut)があるかを、TMBとして、mut/Mbで表記されます。TMBが10mut/Mb以上の場合に TMB-Highと定義されていますが、10mut/Mbのカットオフ値に関しては議論があります。

BRACAnalysis® 診断システム

BRCA1/2は、相同組み換え修復異常をきたす遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)の原因遺伝子として有名ですが、膵癌においても生殖細胞系列で約5%の遺伝子異常を認めます。細胞に相同組み換え修復異常がある場合、poly (ADP-ribose) polymerase (PRAP)阻害薬の投与によって、DNAの一本鎖切断に引き続き、二本鎖切断に至り、細胞死が誘導されます。膵癌において生殖細胞系列にBRCA1/2病的バリアントがある場合、プラチナベースの化学療法の維持治療としてPRAP阻害薬であるオラパリブの有効性がPOLO試験で証明されています。切除不能膵癌において、オラパリブのコンパニオン診断として、BRACAnalysis®診断システムに保険が適用されています。また、BRCA1/2病的バリアントがある場合、治療選択肢は増えますが、血縁関係のあるご家族の乳癌、卵巣癌、膵癌などのリスクを考慮する必要がありますので、遺伝カウンセリングが必要です。

臓器横断的な治療標的と遺伝子異常

本邦において、2022年3月現在、臓器横断的に保険診療下で使用可能な薬剤がある遺伝子異常は、マイクロサテライト不安定が高い(MSI-high)症例に対するペムブロリズマブ、腫瘍遺伝子変異量が高い(TMB-High)症例に対するペムブロリズマブ、NTRK融合遺伝子症例に対するエヌトレクチニブ、ラロトレクチニブがあります。

ペムブロリズマブは抗PD-1抗体薬の免疫チェックポイント阻害薬です。TMB-High症例は、固形がん全体では、約5%と考えられていますが、膵癌・胆道癌では0.5〜2.0%と非常に少数です。エヌトレクチニブ、ラロトレクチニブは、NTRK融合遺伝子を標的としたTRK阻害薬です。NTRK融合遺伝子も固形癌全体の約0.5%と考えられており、これらの薬剤が対象となる症例も極めて限られています。

肝細胞癌の遺伝子異常

肝細胞癌では、テロメラーゼ遺伝子(TERT)、TP53、増殖や分化に関わるWNT経路の遺伝子(CTNNB1, AXIN1, APC)に遺伝子異常を多く認めます。これらの遺伝子異常を標的とした使用可能な薬剤はありませんが、肝細胞癌では、すでに様々な分子標的治療薬が使用されています。一度に様々な分子を標的とするマルチキナーゼ阻害薬として、ソラフェニブ・レゴラフェニブ・レンバチニブ・カボザンチニブが使用できます。また、免疫チェックポイント阻害薬である抗PD-L1抗体薬のアテゾリズマブと血管新生阻害薬である抗VEGF抗体薬のベバシズマブの併用療法が可能です。肝細胞癌の遺伝子異常と予後や薬剤の治療反応性の報告がされてきています。

胆道癌の遺伝子異常

胆道癌では、肝内胆管癌、肝外胆管癌、胆嚢癌、十二指腸乳頭部癌のそれぞれの発生部位ごとに特徴的な遺伝子異常と共通な遺伝子異常があります。胆道癌全体としては、TP53変異やKRAS変異が多いとされています。近年の研究において、胆道癌においては、約50%に治療標的となる遺伝子異常が検出されることが報告されています。胆道癌は、がんプレシジョンメディシンが期待できるがん種です。

FGFR2融合遺伝子は、肝内胆管癌の約10%で検出される遺伝子異常です。FGFR1, 2, 3の選択的阻害薬であるペミガチニブは、既治療の切除不能胆道癌を対象とした第II相試験(FIGHT-202試験)におけるFGFR2融合遺伝子または遺伝子再構成コホートにおいて高い奏効割合を示しました。本邦でも「がん化学療法後に増悪したFGFR2融合遺伝子陽性の治癒切除不能な胆道癌」に対して、保険が適用されています。

IDH1変異は胆道癌では肝内胆管肝癌の10〜20%で検出される遺伝子異常です。イボシデニブは変異IDH1タンパクを阻害する低分子化合物です。IDH1変異を有する進行胆道癌を対象とした第III相試験において、イボシデニブはプラセボに対する無増悪生存期間の有意な延長を示しました(ClaIDHy試験)。本邦では現時点で未承認ですが、IDH阻害薬の治療開発が期待されています。

ERBB2遺伝子増幅によるHER2タンパク過剰発現が、胆道癌では10〜20%に認められます。HER2陽性(ERBB2遺伝子増幅、HER2タンパク過剰発現)胆道癌に対して、抗HER2抗体薬(トラスツズマブ、ペルツズマブ)や、抗HER2抗体薬物複合体(トラスツズマブデルクステカン)の治療開発が進行中です。

胆道癌の約5%で、BRAF変異が報告されています。BRAFV600E変異を有する固形癌に対するバスケット型第II相試験(ROAR試験)の胆道癌コホートにおいて、BRAF阻害薬(ダブラフェニブ)とMEK阻害薬(トラメチニブ)の併用療法で高い奏効割合を示し、治療開発が進行中です。

膵癌の遺伝子異常

膵癌において、体細胞系列の遺伝子異常として、全体の90%以上の症例において、KRAS変異がドライバーとして検出されています。変異型KRASタンパクはサブタイプが分かれますが、変異型KRASタンパク全体としての治療開発は難渋しています。変異型KRASタンパクのうちKRASG12Cを標的とした阻害薬はいくつか発見され、期待されていますが、膵癌におけるKRASG12C変異の頻度は1〜2%と極めて少数です。

KRAS変異を標的とした治療開発が難渋していますので、膵癌全体の5〜10%を占めるKRAS変異の認めないKRAS野生型症例に対して、標的となる遺伝子異常が検出されることが知られています。KRASシグナルの下流であるBRAFの活性化をきたすBRAF変異に対しては、BRAF阻害薬(ダブラフェニブ)とMEK阻害薬(トラメチニブ)が有効な報告などがあります。融合遺伝子としては、ALK融合遺伝子、NTRK融合遺伝子は既存の分子標的治療薬の感受性が期待できます。希少ですが、膵癌においてもNRG1融合遺伝子を標的とした治療開発も進んでいます。

生殖細胞系列の遺伝子異常では、BRCA1/2変異とプラチナ治療の維持治療としてのPARP阻害薬が注目されていますので、膵癌と診断されたすべての症例に、BRACAnalysis® 診断システムが推奨されています。

 

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